第29話 雨
冷たい風と雨が理人の体を突き刺す。昨日の夜見たテレビでは降らないと言っていたので雨はかなり予想外だ。外に出ようと思ってドアを開けてこれだと流石に気分が下がる。朝のうちはそこまで降っていなかったので小降りの雨を少し鬱陶しく感じながら自転車を漕いでいつものゲーセンへ。
「おお、理人」
一足先に来ていた繁が入口でお出迎え。そこからはいつものパターンだ。クレーンゲームをしたり、貯めてるメダルでメダルゲームしたり。
「そう言えばここのメダル、俺が転校した後は繁に全部あげるよ」
そう告げると少し複雑そうな顔をしていた。仕方ない。ここのゲーセンは1ヶ月の間メダルを引き出さないと貯めてるメダルがゼロになってしまうのだ。中学の時その仕組みを忘れてしまい、1回やらかしたことがある。
「……本当に居なくなるのか」
いつもはふざけた雰囲気を常にばらまいている繁が、何時にもなく神妙な声で言う。
「残念だけど」
理由は完全に『親の都合』の一言で片付けられる問題だ。理人の裁量で何かが変わるものでもない。蛍や繁達に会えなくなる寂しさは理人にもある。だが、なんとなく割り切っていた。現実感がまだないからだろうか。
「はあ……」
繁は筐体から手を離して天に向かって溜息を吐く。なんだか自分より彼の方が転校について真剣に考えている気がしてならない。
「まあ向こうに行ってもゲームしよう、LINEもディスコもあるんだし」
現に、今も彼とはFPSを夜な夜なやっている。転校したからと言って出来なくなるものでもあるまい。
「そうだな」
納得したのかしてないのか分からない声色で繁は再び筐体に向かい合った。理人もそれを見て自分の筐体に目を向ける。
「そういえば、今日は何か言いたいことでもあったんじゃないの?」
これが最後のゲーセンかもしれないし、と心の中で唱える。
「んなもんない」
少しぶっきらぼうな言い方に聞こえた。
「……まあいいや。俺と何か話したいことでもある?」
少し言い方を変えてもう1回言ってみる。
「ホントにないぞ……俺は理人と遊びたかっただけだ。
……そう言えば瀬良とはどうするんだ? LINEだけの遠距離恋愛ってのも悪くは無いだろうけど」
冷めやすいんじゃないのか? と繁が暗に聞いてきてる気がする。確かに今の理人と蛍の距離は付き合っているということを除いてもかつてないほど近い。急にそれが付き合っているということを除くとかつてないほど遠い距離になってしまうことへの不安はある。
「いや、どうにもできないからな。頑張るしかない」
「なんだそれ」
「そう言えば、繁って今好きな人いる?」
「なんだ突然」
「何となく」
繁と理人が出会ったのが中二の時。理人が知る限り彼に彼女が出来たことは無い。繁も少し前の理人と同じように思いを抱えている人が居るのではないのか。繁とこういう話を真っ向からするのは、理人が避けてきたことでもあるので中々なかった。気になっている話題ではあったので何となく聞いてみる。
「今は部活で忙しいし、恋愛する暇もないからいない。中学の時は居たこともあったけど」
小声で言った後半部分を理人の耳はゲーセンの喧騒の中聞き分けた。
「マジ!? いつ?」
どうせ『いない』という返答が返ってくると考えていたので『いた』という返答は予想外であったし、中学時代ということは理人も知ってる人かもしれない。
理人の妙な食いつきように繁は若干困惑しながら答える。
「気になってたってよりは付き合ってたんだよ。ほら、アイツと」
「アイツ?」
「アイツだよ!松井!松井渚!中一の時に!」
アイツという事は間違いなく理人が1番に思い浮かべる、今教室の席が近い松井渚だろう。
「……マジで?」
流石に予想外だった。彼みたいなタイプは正直松井みたいな人間を好む人の印象はない。現に、二人の間にはなんとなく不穏な空気が流れていることも多い。
「3ヶ月で別れた。あんな奴とはもう絶対に付き合わない。誰にも言うなよ」
何があったのかは分からないが、それ以上踏み込むことは出来ず。繁の念押しに理人は黙って頷いた。
ザーザー降りの雨に気づいたのはそんな会話を終えてゲーセンの外に出た時だった。
「めっちゃ降ってるじゃん」
一回戻って落ち着くまで何かやろう、と理人が言う暇も与えずに繁は自転車に乗る。
「行こうぜ」
「……分かった」
ショルダーバッグにスマホを入れて濡れないように。傘なんて持ってきてないので2人とも濡れる用意は万端である。
「取り敢えず俺の家まで行こう」
繁が自分の家の方向を指さす。理人は「分かった」と言ってサドルに腰かけた。雨に濡れないように、と屋根があるところに置いた自転車は少しでも漕ぎ出せばたちまち濡れてしまうだろう。だが、そういうのも楽しい。
理人は自転車を漕ぎ出す。ゲリラ豪雨の類なのか、それともただの大雨なのかは知らないが間違いなくここ最近で1番の雨だ。メガネは雨粒がぶつかり青のジーパンは一、二段階は色が濃くなっている。繁が僅かに先導して道を行っているが、理人は着いていくのがやっとだ。
「マジでやばいぞこれ」
笑いながら理人は呟いた。
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