第25話 瀬良蛍と長い一日

 昨日の夜から気合い入れて着ていく服選んで、少しでも良いふうに見えるように考えて当日を迎えた。いつも見る青いマフラーをつけた理人と午前のうちから遊んでいろんな話をしたし、普段見れない彼の姿もたくさん見れた気がした。『告白』の二文字はやはり切り出すことが出来ずに夕日が傾き始める。彼の右側を歩きながら今日も駄目だった、と自己嫌悪の念にさいなまれているときだ。急に彼が「疲れた」と言って近くのベンチに座り込んでしまった。


「瀬良、あの、急で悪いんだけど」

 理人が何やら重々しい雰囲気を出し、蛍の体が思わず固くなる。先ほどまでのトーンとは一つ落とした声で理人は話し続ける。まさか、告白でもされるんじゃないだろうか。

「え」


「俺、多分春休みに引っ越すことに……転校することになる」

「え!?」

 今度こそ反射的に声が出る。転校?何か夢じゃないだろうか。周りに客が少なく、その数少ない客も話し声と店内アナウンスのために二人の会話はかき消されている。それのせいか分からないが、蛍が何を言ってもそれは彼に届かないと思うほど距離を感じる。

「春休み……ってことはもう一か月くらい?」

「そういうことになる。急な話ではあるけど……」


 落胆している理人の姿を見ると覆すことはできない事実なのだろうと悟る。これまでうじうじと先延ばししてきた罰が当たったのだろうか、そう考えてしまうほど蛍は途方に暮れる。この空気で告白なんてできるはずがない。

「そっか、ちなみにどこに引っ越すの?」

「――の方。だからこっちに帰ってくるのもなかなかできない」

 隣県くらいだったら遊びに行ける、とも考えたがその考えも許されないらしい。

 

 二人の間でかなり重い空気が流れる。考えるに、もう今日はおひらきだろう。そして明日からはいつもの学校生活が始まる。何も変わらない日々がまた始まるのだ。

「ん、じゃあもう今日は帰――」

「そのうえで考えてほしいんだけどさ!」


 蛍の声をかき消して理人が話し始める。理人は蛍の目を見て向かい合った。

「このタイミングで言うことじゃないかもしれないけど……瀬良の事が前からずっと好きでした。

 だから、その、瀬良が今彼氏とかいないなら俺と付き合ってほしい……です」

 理人は恥ずかしさから耳まで真っ赤にしながら少したどたどしい言葉と共にそう言う。


 蛍も顔を真っ赤にして「え」とか「その」とかいう言葉が出るのみで何も言えなくなる。彼女にとって、理屈では整理できない事が今起こっている。彼女は真っ赤にした顔を見られたくないという思いから手で顔を隠して何とか声を絞り出す。

「……私も好きです。お願いします」

 蛍は泣き出しそうになってしまう。そんな姿は見られたくない、と軽口を叩いてしまいそうになるが口を噤む。今やるべきなのはそういうことじゃない。

「本当に?いいの?」

 理人の心の中には純粋な喜びがある。遠距恋愛になってしまうがスマホが無い時代じゃあるまいし、LINEも電話もできる。リアルで会えないこと以外は普通のカップルと変わらないはずだ。


「うん」

「取り敢えず……帰る?」

 理人はもうこれ以上今は話が続かない気がする、と考えてそう切り出す。蛍も色々と聞きたいことはあったが、一晩は開けたいと思って頷いた。


 外はもう闇を落としかけている。屋外に出た途端に建物の間を通った寒風が二人の体を震わせる。

「結構寒いね」

 どんな会話をしたらいいのかもわからないので蛍が話題を見つけようと何とか言葉を出す。ぎこちない笑顔をしていた時首に暖かい感覚が訪れる。なんだと思って視線を下に向けると青色が目に飛び込んできた。

「こういうのってなんか恋人っぽいなって思って」

「……確かに」

 理人の首元にはさっきまでつけていた青いマフラーはなくなっている。蛍は小さく頷いた。

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