第24話 有賀理人と長い一日

 『がんばれ』

 トーク画面に表示されたその四文字を見つめて深呼吸する。河本先輩と話したり、蛍と話したりして擦り合わせていくうちに理人はこの日曜日、河本先輩は週明け、つまり明日に告るということで話が纏まった。勿論どちらかの告白だけが成功したとしても、それは恨みっこなしだ。河本先輩は『絶対に行ける』と念押ししてくれたが……正直彼は彼女が出来たことがないらしいのであまり当てにならない。理人もせいぜい数ヶ月の仲だったけど。


 「理人」

 呼ぶ声に振り返ると理人は思わず視線が泳ぐのを抑えた。下はベージュ系の色のパンツで、上は防寒のために着ている白いブルゾン――ジャンパーのようなものを羽織り首元には同じ系統の色でまとめたスウェットが覗く。変に意識しているからか、蛍の格好はいつもより妙に可愛く見える。


 今日はマンションのロビーで待ち合わせだ。何もせずずっと話していると邪心が湧いてきそうなので早々に話を切り上げて目的地に向かう。今日の向かう先は近くにあるショッピングモールになった。ただ、今回は映画は見ない。映画となると二人の間の会話が少なくなり、告白への会話が展開しにくくなる。ショッピングモールの次の遊びがまたもやショッピングモールというのも考えものだと思うが、やはり一番店が集まっていて色々やりやすい場所なのだ。


 今日行くのは映画を見に行った場所とはまた違う、近くにあるやつなので自転車を少し漕げば着く。時々引っかかる信号の度に理人たちは細かく会話を交わしていく。「何やる?」とか、「昼ごはんどうする?」だとか、当たり障りのない会話だが二人にとっては『告白』の二文字が何となく脳裏にチラつくもどかしい時間でもあった。理人はたとえ告白するにしても今は早いだろうと気持ちを落ち着かせる。



 「意外とかかったね」

 自転車の鍵を締めながら蛍は話し始める。

 「確かに思ったよりかかったかも。今は……11時か」

 自転車側で荷物を背負って、理人に目線を移していない瞬間を狙ってスマホを一瞬着ける。彼はどうやら昨日の晩に『高校生 告白』やら『休日 告白』やら『デート 気をつけること』なんてものをバカ正直に調べて出来るだけ告白の成功率が上がるように、と実践しているのだ。

 告白なんてものはアリでもナシでも今更その答えが揺らぐことはそうそうないのに。

 「じゃあ……先昼ごはん食べる? 理人がお腹減ってるなら行こうよ」

 「なら行こうか。フードコートって確か1階にあるよね」

 「そうだったと思う」


 フードコートへ着くまでの時間は僅かだが、その時間も会話は続いていく。

 「フードコートってどんなのあったっけ」

 「なんだろ、マックとか……最近来てないから忘れたな」

 「理人はどうするの?」

 「うーん、あんまり重いものはなあ……」

 彼の記憶が確かならフードコートにはラーメンやたこ焼きやステーキも置いてあったはずだが、あまりそれは蛍との昼食にはそぐわないような気がする。蛍の様子を見て無難にマックを食べるのが良いだろうか。そんなことを考えているうちに着いた。


 結局蛍の様子を見た結果蛍も理人の様子を見ていたので二人とも無難にマックを頼んだ。ポテトをボソボソと食べながら理人はタイミングを図っていた。やはり告白するのは帰る時がいいだろう。

「どこ行こうか」

 そう言って理人が飲み物を口に含む。蛍も「んー」と言いながら考えている様子だった。今回は前回の映画のように共通の明確な目的地を決めているわけではないのでお互いが遠慮してどこにも行けなくなり、微妙な空気が流れるという事態は出来るだけ避けたい。

「どこでもいいけどなあ」

「そうだなあ、じゃあこれ食べ終わったら……どこか回りたいところあったら回ってゲーセンでも行く?前も行ったけど」

「じゃあそうしようか。回るってどこ回るの?」

「別にないけど、女子が行くところとか良く分からないしさ」

 

 蛍がどこか提案するならそこでよかったが、どこでもいいと言ったので明確な目的地を設定する。ここで変に気を使って店の名前を言ったとしても理人はそれについて良く分かってないし、蛍もあまり分からなかったら本当に地獄の空気になりかねないのでよく知れた場所を言う。それに蛍も乗っかってきた。

「そう言えば、結局テストどうだった?」

 この一週間、テストが返されほぼすべての教科の点数が分かった。理人自身はまずまずと言ったところだったが、蛍の点数がふと気になって質問する。今回も中々エキサイティングな点数を取ってくれた繁を脳裏に浮かべながら。

「それに関しては本当に理人様様って感じだよ。多分高校入ってから一番いい結果になりそう」

「おお」

 そんなに伸びたのか。別に理人が教えたのは聞かれたところだけなので結局その点数を取ったのは彼女の功績だ。前言っていた時に『意欲が上がって~』みたいなことも言っていたし、よく勉強したのだろう……もしかして抜かれてないだろうか。

「ちなみに今の合計、何点くらい?」

「えっと、確か――」

 心の中で静かにガッツポーズをする。でも、思ってたより迫られていたので冷や汗ものだ。


「理人は?」

「――くらい」

「負けてるかー、まあそうか」

 蛍は少し悔しそうな顔を見せながらも一瞬でそれは崩し、また楽しそうな顔に戻る。

「でも、俺が教えてのってちょっとだし、過去最高点数取れそうなのは瀬良の努力だよ」

 そう言うと、彼女は少し恥ずかしそうに「ありがとう」と言ってきた。

「そう言えば」

 フードコートでの会話は学校の話をして終わった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「これとかどう思う?」

 蛍がそう提案してくる。彼女の手の中にあるのは小さな熊のぬいぐるみだ。モールの中を散策している途中に見つけた店で、何かいいものあるかなと探している途中、蛍が見つけてきたのだ。可愛くデフォルメされたぬいぐるみが理人を見据えてくる。

「瀬良ってこういうの好きなの?」

 テストの期間頃に蛍の部屋に行ったときに彼女の部屋がちゃんと女子っぽい感じの部屋だったのを思い出す。甘いものを作るのが好きとも言っていたし、そういう女子っぽい一面が可愛い一面になっていることは確かだ。


「うん。小さいころから結構好きなんだよね」

 蛍から手渡された茶色い熊を改めて見てみる。名前は忘れたがまるでディズニーの作品から出てきたかのような姿をしている。材質までは分からないが、手触りもなめらかで首元にはリボンが巻かれている。確かに部屋にあったら一気に雰囲気が柔らかくなりそうだ。

「いいと思う。これ買うの?」

「買う。理人も何か買ったら?」

 

 そう言われたのでどうしようかと思いさっき蛍が来た方向を見ると、色違いの全く同じ白い熊がいることに気づく。

「じゃああれにする」

 そう言って白い熊を手に取る。蛍は意外そうな顔をしながら「いいね」と小さく呟く。それぞれの持っている小さな紙袋には薄く白と茶が薄く透けていた。


 結局使った金はあの熊を値段くらいで、蛍と学校のことや趣味のことを話しながらゲーセンまでやってきた。時間を確認するともう3時を回るくらいだ。途中途中で休憩も挟んでいたが、それを鑑みても時間が経つのはあっという間だ。

「よし、この間のリベンジ……」

 そんな蛍は闘志を燃やしてこちらを見ている。この前、映画に行った時にエアホッケーで負けたのを覚えていたらしく、現在は今度こそ勝つと意気込んで理人と台を挟んでいる。

「よし……」

 やるからには全力で理人も白い持ち手――マレットを構える。軽快な電子音と共に緑色の円盤が飛び出し二人の間を交互に、高速に行き来していく。最初は理人がやや優勢だったものの円盤の数が増えてくると対処しきれなくなってきて滅多やたらに腕を動かす。蛍も負けじと歯を食いしばって食らいついた。次第に蛍の点数が差を縮めてきて、結果は理人の惜敗となった。

 

 「あー、負けた」

 内心負けるものかと思ったいたので結構本気で悔しくなる。こういうゲームに立ち回りとかそういうのを求めるのは野暮だと思うが、何か必勝法とかないのだろうか。

 「よし! やった」

 蛍はリベンジを見事果たせたということで喜んでいる。理人の側へ寄ってきて自慢げな顔を見せる。二人はそのまま幾つかゲームをした後ゲーセンを出て散策を再開した。


 

 ショッピングモールには少し客が少なくなる時間帯がある。勿論エリアにもよるだろうが、ショッピングモールに遊びに来た学生や社会人らが帰り、家族連れが晩飯を食べに来る頃、つまり5時から6時頃だ。その頃になるといつもは二人の間にも何となくお開きの雰囲気が流れ始める……が、今回は少々事情が違った。帰り道やマンションのロビーなんて所で告白なんて出来るはずがない。つまりタイミングは今だ。


 二人とも脳裏にその考えがあるのか沈黙が流れる時間が長くなる。このままだと、いつ相手が「帰ろうか」などと言い出すか分からない。そんな焦燥感にも後押しされながら、理人は蛍とモールの端っこに設置されているベンチに「疲れたなー」と言いながら腰かける。

 大声を出さなければモール内の喧騒にかき消されて二人の会話は聞こえない。今が最大のチャンスであるかに思えた。

 「瀬良、あの、急で悪いんだけど」

 「え」

 理人から発せられる張り詰めた空気に蛍も思わず身体を固くする。彼女にとってはあまりに予想外な出来事が起ころうとしている。

 しかし、告白を受けてもらうには大事な条件がある。勿論第一に彼女が理人と付き合ってもいいと思うくらい好意を持っていること。第二に――


 「俺、多分春休みに引っ越すことに……転校することになる」

 この事実を受け入れてくれること。

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