閑話 『蛍』
通学路を二人で歩いていく。昨日は自転車で移動していたが、話すという面でいえば歩きの方が圧倒的にやりやすい。蛍はずっと楽しそうな様子だ。それを見て理人も思わず頬が緩む。理人の首元にはいつものように青いマフラーが巻かれているが、いつもとは違う温かさを感じる。ふと、この間繁に告白することを言ったということを理人は思い出した。その報告も……言ったからにはしなきゃいけないのか? しないといけないよな、と自問自答する。
「それでねその時渚が『行ったらいい』って言ってて……」
やはり興奮冷めやらぬと言ったところらしい。理人も彼女と同じ気持ちではあるが性格の違いか、自分の中にある火種を燻らせている。
「じゃあ瀬良と付き合えたのは松井のお陰?」
そう言うと蛍はわざとに不機嫌な顔をする。同時に理人も思い出した。
「昨日も言ったけど、『瀬良』じゃなくて『蛍』って言って欲しいな」
告白の後一番最初に蛍が突っ込んできたのはそこだった。自分が名前呼びなのに相手から苗字呼びされるというのは、自分が始めた事とはいえ何となく距離を感じるらしい。
理人も『蛍』と呼びたい気持ちはあるが、いつもの癖と恥ずかしさから中々できない。告白したのに今更なんだ、という話ではある。
「理人ってほかの女子も全員苗字呼びしてるじゃん、せめて二人でいる時は名前で呼んで欲しい」
蛍の中に抑制された独占欲は何だか知らない間にちょっとずつ放出されている。そのためか、彼女は今最高に気持ちが高揚している。信じられないほど幸せな気分なのだ。
「分かった……学校ではちょっと恥ずかしいけど二人の時は絶対そう呼ぶ」
少しチキっている理人にもう、と思いながら話を続ける。蛍の中には焦りもあった。
「理人とこうやって出来るのもあと1ヶ月くらいなんでしょ? その後は暫く会えなくなるからさ……それまでに沢山思い出作りたいんだ」
それに関しては理人も完全に同意だ。春休み出発ということは次帰って来れるのはゴールデンウィークか、夏休みか……分からないが何ヶ月か会えない日々が続く。LINEや電話があるとはいえ、厳しい。
「うん。俺も……蛍と1年生の残りの期間、楽しみたい」
学校の校舎が見える。今日も一日が始まる。さんざん言ったくせにいざ呼ばれると顔を背ける蛍を見て何だか恥ずかしくなりながら、二人の先輩について考えていた。
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