第22話 ゲーセンの椅子
『決行は早い方がいい』そう先輩は言っていた。理人からすると少しお節介な話のようにも感じるが、またとないチャンスでもある。
二学期の初めの頃、理人は恒例のくじ引き席替えの末に蛍と隣になることに成功した。尤もその頃の彼は蛍のことに対して『クラスメイトの女子』以上の認識をしておらず、隣になったところで何かが変わる訳では無いと思っていた。もしその頃の関係のまま引越しを迎えて、蛍と同じマンションになってもただの偶然だと考え、そこから関係が進展することは決して無かっただろう。
席替え後暫くは二人は必要以上の接触はしてこなかった。する話と言えば、授業中に先生の指示によって隣の人と話し合いをする時くらい。その時から、理人は蛍のことを明るい人物だなと感じていた。親しい人物は流石に数人らしいが顔見知りは多い。端的に言うと明るく、顔の広い人。それが理人の蛍に対する最初の印象だった。
その『明るい性格』の輪に理人が取り込まれるのも時間の問題だった。授業の話し合いの時間だけの関係は授業の間だけの関係になり、次第に休み時間にも話す関係にもなっていく。友達の量が他人よりは少ない理人は、最初は突然異性と距離を詰められて困惑し、少しウザったいとまで思っていた理人も段々文字通り蛍の輪に取り込まれて行った。気づいたら理人は彼女の友達の1人として名前を連ねていたのである。そして、理人にとっては数少ない異性の友達でもあった。容姿は悪くない、むしろ良い。性格も明るく人を惹きつける。理人も一緒に惹かれないはずはなかった。
河本先輩との話が終わってから数日後、部活が空いている時を見計らって理人は繁を遊びに誘った。いつもの通りゲーセンでひと暴れしたあと、何かを成し遂げたあとの少し気だるい空気が二人の間を支配する。その時を見計らってゲーセンの自販機の横で理人は話を始める。繁が自販機で水を買い、それを呷ろうとしていた時だった。
「俺、近いうちに引っ越す」
唐突に神妙な面持ちで話し始めたことは繁の想定を大きく上回るもので思わず水が鼻の中に入ってしまいそうなくらい驚く。「は!?」と取り敢えず反射的に言葉が出るが、それ以上は何も言えない。理人にしては珍しく、またほんの近所の間を引っ越すことを真剣な顔で言っているのだろうかと思う。
「ギャグか?」
「違う、前みたいなのじゃなくて遠くに。ーーーあたりに」
「……遠いな」
「うん。二年生になる頃にはさようならって感じ……」
その地名は行けない訳では無いが高校生の財力では頻繁に遊びに行くなんてことは厳しい所だ。中学からもう三年は続いてきた縁がここで終わりになることを繁は現実味を帯びない言葉と共に実感する。なんだか妙に喉が乾きまたペットボトルを口元へと運ぶ。
「あと、近いうちに瀬良に告る」
今度こそ繁は水が変なところに入って咳き込んだ。大丈夫、と心配する理人を手で制止しやっとこの時が来たかと悟る。これまで理人は繁相手に大っぴらに『俺は蛍のことが好き』と言ったことは無かった。それは中学生の時好きだった相手のことを友達に口を滑らせて喋ってしまい、好きバレして二人の間が地獄のようになったことに起因する。その事件について繁は深くは知らないが、明らかに蛍に向けられた視線や行動を見る度に彼が蛍を好きなことは直ぐにわかった。自分に恋バナをしないことの理由は分かっていたので、繁は空気を読んで遠くから見守ってきた。
「……いよいよか」
「え、俺が瀬良を好きなの分かってたの?」
「分からん方がおかしい」
どうやら理人はそっちの発言にショックを受けたらしい。少しの間黙ってから「まあそういう感じ」と言った。
彼らの恋模様については二人が三学期初日に一緒に登校していたことからいい形にまとまったのだと思った。結局それは繁の思い違いで、彼の邪魔をしてしまったが何にせよ理人がこれで一歩進むことになる。転校のことを頭の片隅に置きながら、繁はひとまず理人の決意を全力で応援することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます