第21話 告白しようとしたんじゃない?

まだ夕日が校舎内を照らしていた頃、蛍は逃げるように階段を駆け下りていた。今しがた教室に残っていた理人に感謝と気持ちと称したバレンタインチョコを渡してきたところである。

 「……あれ」

 理人にあれを渡したことは一旦忘れて、今日は部活もないんだしさっさと帰ろう。そう考えてさっきのことは考えないようにしながら歩みを進めていく。


 すると、体育館の横で夕日に照らされながら一人座っている女子がいた。蛍の友達の日田詩乃ひだうたのだ。蛍の交友関係があまり掴めない理人ですら知っている蛍の友達二人のうちの一人に含まれる人物。性格は大人しくて、清楚という言葉がピタリと当てはまるような生徒だ。少し暗い顔をしているように見え、言動も大人しいので陰鬱な性格だと思われやすいがそんなことはなく、とても良い友達だ。

 「詩乃」

 「あ、蛍……あれ?渚はとっくの昔に帰ったけど、こんな時間までいたの?」


 話してから速攻で鋭い質問をぶつけてくる。誤魔化すか、とも一瞬考えたが別に詩乃は他人の事情をガンガン言いふらすような人間では無いので大丈夫か、と観念して事の顛末を話す。蛍は自分の恋バナをひけらかして話しているような気がして気恥ずかしかったし、詩乃もどういう話か察するとニヤニヤとし始めたので余計蛍は心の奥から吹き出してくる逃げ出したくなるような気持ちになる。一通りさっきのことについて話し終えるとはあ、と一息つく。

「なるほどね。有賀くんに好きアピールする為にこの時間まで残ってたんだ」

「そんな事……いやまあそうだけど……!」

蛍は顔から火が出そうな思いだ。真正面からそんなことを言われてはなんだか自分がおかしなことをしているような気がしてくる。蛍は理人と同じマンションと住人になってから、日々何とか理人との距離を縮められないかと模索してきた。それでも蛍が理人に恋愛的に好きだと思われている感覚はイマイチしていなかった。ただ、仲がいい異性のポジションはゲット出来ていると思う。多分。


そんな蛍の様子を見て詩乃は質問を投げかける。

「有賀くんって彼女いるのかな? まああんまりそういう話は聞かないけど……」

「多分居ない……と思う」

少なくとも彼が学校内の生徒と付き合っている可能性はないと思っている。そもそも、ディスるようで悪いが理人は女子との交友自体も少ない。そんな理人に近づいてくる女子がいればすぐに気づくはず。強いて言うなら繁……白井がいつもはしゃいでいる放送部の部長との交友関係は知らない。それでも、彼氏彼女の関係ということはないと思う。

「ふーん。じゃあ告れば付き合えるでしょ、蛍可愛いし」

「それは分かんないよ……」

蛍は頭を悩ませる。ここ最近、特に理人との距離がかなり近くなったと感じるようになってから毎日のように蛍の思考を占拠している考えだ。理人と付き合えたら、それは楽しい日々が待っているには違いないけど自分の明るいけど引っ込み思案という矛盾した性格が蛍を足止めしてきていた。


「で、彼はどうだったの?」

「何が?」

「チョコ貰った時の反応だよ。バレンタインチョコってこと、向こうも分かってたんでしょ?」

渚を野次馬根性と比定するなら詩乃は懺悔室の神父といったところだ。蛍の性格もちゃんと把握し、それに合わせた質問をしていき自分が聞きたいことや相手が言いたいことを聞き出す。まるでテレビの司会者かモテる男みたいな話の仕方だ。彼女の性格がとても大人しくて恋の話も聞かないのは不思議なくらいである。

「バレンタインの……って事は分かってたみたいだけど、私が『感謝の気持ちを込めて』とか言っちゃったからまた違う方に思われちゃったかも」

「なるほどー。恥ずかしくて、テスト勉強の事にかこつけて日和ったの」

詩乃は体育館と繋がっている階段に腰掛けて水分補給を取りながら、残念がる。

「私、そろそろ部活戻らないと」

「うん……ん?」

「ん?」

「そういえば、理人……あの時……」


チョコを渡したあとに蛍はその場にいるのが耐えられなくなって逃げ出してきたが、その時に彼が自分を引き留めようと何かを言おうとしていた気がする。ただ単に別れの挨拶だったり、咄嗟に声が出たりしただけなのかもしれない。

「それ有賀くんが告ろうとしてたりして」

「ないない」

詩乃は餌ができたとばかりに食いついて揶揄う。蛍はそんなわけないと思いつつも、なんとなく妙な引っ掛かりを覚える。理人と河本先輩が告白について話したのはこの一時間後のことである。

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