第20話 告白しなよ

 ビルに沈もうとする夕日が隠れてもう辺りは暗くなっている。河本先輩の顔も薄くなって見えにくい状況で突然提示された話に混乱しかない。理人が、蛍に告る。そして河本先輩は川原先輩に、告る。話の展開が急すぎて脳が追いついてこなく、理人は何も言えなくなる。そして河本先輩の発言から数秒が経ち、彼が少し訝しんだ時ようやく理人の喉が声を絞り出す。

 「なんで」

 「お前、瀬良さんに告る気ないだろ」

 そんな事は無い。蛍が理人の家に引っ越してきた日。あの日に理人は蛍に告白しようと、そう強く誓ってこれまでもそれに向けた行動を行ってきた。LINE交換に始まり、映画、テスト勉強。転校は予想外すぎる出来事だが……。


 「今の関係性に満足してるんじゃないのか?」

 それを言うなら先輩だって、という言葉を放とうとしたがそれは出なかった。彼の声色に明らかな自己嫌悪の色が混ざっていることが分かったから。


 「俺はお前からの恋愛話を何度も受けたが状況はひとつも進展しない。自分の引越し先にただ恵まれたってだけだ」

 「それでも――」

 関係は進んでるだろう。運も実力のうちという言葉がある。そもそも人の縁の初めなんか運以外のものでは成り立たないはずだ。席替えで席が隣になったのだって運でしかない。


 「ああ、そうだな。俺は全部知ってるぞ。引越し先に浮かれたお前はその勢いでLINE交換をした。その後は映画。彼女の部屋でテスト勉強。それに、そのお礼にバレンタインチョコも貰った」

 理人がつい数十分前に話したことまで、淀むことなく先輩は言い連ねる。何となく居丈高なその姿に理人は一歩後ずさる。そのせいで余計に先輩の輪郭がぼやけた。


 「羨ましいよ。俺も川原とそういう事したいと思う……がそれはいい。意気揚々とその場のノリでLINE交換を言った有賀。お前がその後一度でも自分から彼女に近づいたことがあったか?」

 心の中であんな口火を切ったのに有るに決まっている。理人は記憶を探った。映画、LINE交換した後のLINEで蛍から提案。テスト勉強、話の流れだったが結局蛍が言い出す。バレンタインチョコ、女子からじゃないと渡せるはずもないので蛍から。転校、言えたのに後一歩勇気が出せていない。

 「分かったか?」

 何一つ、理人は何もしていない。そのことに気づいた瞬間あの誓いはなんだったんだ、と当惑する。理人は何も出来ていないのだ。先輩のいつもとは違う高飛車な態度に何となく理由が着いた気がした。


 「……それで俺を瀬良に告らせようと?」

 未だ状況を薄らとしか把握出来ていない理人が質問を投げる。それに対して先輩はまるで準備していたかのように言葉を放つ。

 「俺の考えている事はふたつある。1つ目は今の有賀と同類の俺は背中を押してくれるキッカケが欲しい」

 指折り数えて先輩が理人のもとへ近づいてくる。自分より数センチ高い河本先輩は理人にとってはその態度と話の内容も相まってとても恐ろしい存在に見えた。「2つ目」と、先輩は手の形を変える。

 

 「そんな体たらくにも関わらず関係が接近しているとお前は思っているわけだ。つまりそれは、彼女が関係を近づけさせようとしているという事じゃないのか?」

 理人の頭の中が今度こそ真っ白になった。だってその言に従うならば。理人は何か言いたそうに口を開くが、本当に言葉が出ない。そんな筈は無いだろうとずっと理人は踏んでいたのだ。そんな安易な事があっていいはずがない。

 「そうだ。少なくとも、お前は俺よりかは告白の成功率が遥かに高い」


 河本先輩は歯噛みしてそう言う。つまり、彼は下手したら気持ちを伝えずに転校しかねない理人を見かねて『告白の可能性は高いんだからグズグズしてないでさっさと告白しろ』と念押ししに来たのだ。しかし幾つか理人にも懸念が浮かんだ。近所同士になったんだから距離が近づくのは当然だろう。

 同時にそんなことを言っても意味がないということにも気づいた。だって、理人も河本先輩も大事なのは『告白する』ことであって『今の彼女との距離』ではない。特に理人にはそれが言える。

「じゃあ何で先輩も告ろうとしてるんですか?」


 理人が蛍に告白することへの説明はされた。だが、やはり河本先輩が川原先輩に告白することに理人は少し引っかかる。理人から見ると彼らの様子からはとても恋愛の雰囲気を感じ取れない。それにもし告白に失敗して、理人が転校した場合その後引退までの放送室の雰囲気が地獄になる。河本先輩もそんなことは重々承知のようだ。

「……俺の告白の方が失敗する可能性の方が高いと思っている。川原にとっては迷惑でしかないのかもしれない。それでもこれまで碌なことが出来なかった自分に決着をつけたい」

 その河本先輩の行動は自分を元気づけるため、ということを理人は何となく察する。

 彼の勢いに理人は縦に頷くしかなかった。

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