第19話 お前も

 高校は義務教育という訳でもないので転校するには相応の理由がある。その理由は理人にとって大きく2つあった。最初の転機は両親の離婚だった。二人の間にどんなやり取りがあったのか、詳しいところは理人には伝えられていないが浮気だとかそんなのではないらしいというだけは分かっている。そうして離婚した両親の父親の方に理人は着いていくことに決めた。

 

 理人が蛍の家で勉強を教えた日の夜。理人は父親に話がある、と話しかけられた。

 「実は、多分この先高確率で引っ越す可能性がある」

 「……え?」

 それを聞いて一瞬で脳裏に浮かんだのは繁や蛍、先輩たちの顔だ。まさかそんな事が唐突に起こるわけが無い、と理人は笑い飛ばしたかったがどうにもそんな雰囲気ではなかった。父に話の先を促す。彼は事の経緯を語り始めた。

 

 「引越し先は県外になる。――あたりだ」

 その地名には何やら聞き覚えがあった。

 「じいちゃんの所?」

 そこは祖父と祖母が過ごしている場所だった。高校になってからは行ってないが、もう人生で何回も行った場所だ。ついでに言うと今理人がいる場所からは高校生には遠い場所だった。

 「ああ。多分そこに転勤……という形になる」

 転勤。その二文字が重くのしかかってきた。『俺がここで一人で』という言葉が一瞬出そうになったが外に出ることにも億劫になるような、家事もできないこんな子供に一部屋任せることがあるか、と考えると途端に言葉が出なくなってしまった。

 「社内での正式な発表は先だが……上司との話の中で……まあそういう事になった。

 運がいいのか悪いのか、実家もあるし理人が1人で家にいる、ってことは少なくなると思う」

 そんなことは別にどっちでも良い。理人の頭の中は真っ白になっていた。

「転校……ってことにもなるよね?」

「そうなる。時期は……二年生になる前かな」

 『可能性が高い』とか言っている割には確定事項のように話す父の様子を見て理人はもう二年生になる前に皆と会えなくなることが絶対であると察してしまった。それがテストの少し前の話である。繁に相談するタイミングもなかなか計れず、そんなことを言っていたら蛍に言えるはずもなく。


 意気消沈している中、理人は放送室でその事を打ち明けた。

「いや、うーん……それは……」

 それを聞いた河本先輩は手を額に当てて悩みの声を出す。すぐ後ろでその話を聞いていた川原先輩も何も言えずに黙っている。理人がこんなタイミングで転校になるなんて思いもしていなかった。三人しかいないのにかなり重い空気が流れる。

「あの人には……言ったのか?」

 河本先輩が最初に細く声を出したのは蛍のことについてだった。川原先輩は少し怪訝な顔を見せるが理人が小さく首を横に振っているところを見ると何も言えない。

「さっき、言う機会があったんですけど結局……」

「二年生になる前……かあ……」


 自信なさげに理人は露骨に落ち込む。そこまで話して河本先輩も頭をポリポリとかいてかける言葉を見つけられない。するとここまでずっと聞き役に徹していた川原先輩も話に入ってくる。

「"その人"っていうのは私は知らないけど、本当に転校するならそれまでに精一杯思い出を作って、悔いが無いようにしたほうがいいと思う」

 ありきたりの言葉ではあるが、理人は「確かにそうだよな」と認識する。繁でも蛍でも先輩たちでも、これから二か月間の間に出来ることをやりきるしかない。

 結局、その日の部活は理人の相談にほとんどの時間を費やすことになり理人は一人寂しく帰路を辿ることになった。


 先輩に相談したことで転校がより現実的なものに思えてきた理人に後ろから声がかかる。

「有賀」

「先輩」

 そこに立っていたのは河本先輩だった。理人のことを追ってきたのか肩を動かして走ってきたのがすぐにわかった。先ほどまた次の部活の日に、と別れたのに。忘れ物でもしたのかと思って理人は何か言おうした瞬間に食い気味で河本先輩が話し始める。

「有賀。お前は転校するまでに絶対に瀬良さんへ告白しろ。俺も……川原に告白する」

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