第15話 勉強教えて

 部屋の真正面にある大きな窓の前には勉強机が一つ置かれている。蛍の部屋はその机を中心に構成されている。机の右隣にはベッドが縦に置かれている。ベッドには引き出しがあり何かがしまい込まれていたが何かは分からない。また、左隣には本棚が置かれている。棚に置かれている本のタイトルは理人は知らなかったが、参考書も置いてあったのでどうやら結構真面目な本らしい。漫画とかはあまり読まないのか、その類のものは見つからなかった。机の手前には小さな机がちょこんと置かれていた。

「あ、なんか飲むよね。ちょっと取ってくる」

「ほんとに? ありがとう」

 蛍が居なくなった部屋で理人はもう一度部屋を見まわした。まさに女子の部屋という感じの可愛さと実用性が重ねあった部屋だ。流石に理人には善意で通してくれた他人の部屋を物色する趣味はない。信頼してくれているから一人でこの部屋に置いてくれているのだ。その信頼に背くことはできない。頭の中でそう唱えながら荷物を降ろし、適当なところに座る。やっぱり緊張する。結構隠せていたとは思うが、『緊張してる』って聞かれたしばれてしまっただろうか。


 木造のドアがかちゃり、と音をたてて開く。蛍がコップを二つとお茶を入れている大きな容器を持ってきた。

「わざわざありがとう」

「いや、別にいいよ」

 蛍はニコニコしながら「好きにしてね」とそれらを机の上に置く。

「さて……勉強する?」

 蛍が苦笑いしながらそう言う。理人としては本当のことを言うとそんな事せずに今すぐにでも蛍と一緒にどこかへ遊びに行きたい。想定はしていたが、蛍の部屋に自分がいるというこの状況だけでかなりドキドキする。

「そうだね。瀬良はどこまで勉強進んだ?」

「……もしかして理人って結構進んでる?」

「……まあ」

 理人はテスト期間だけだが勉強を本当に頑張る。繁に教えるという恒例行事があるというのが最も大きい要因だ。繁に教えることでその内容を理解しておけば自動的に自分の点数も結構いい所に行くので、理人のテスト勉強はいつもそんな感じだ。

「私、全くやってない……」

「それはちょっと、いやかなりヤバいかもな」

 勉強はやればできるが、やらなければ出来ないものだ。これはちょっとやる気が出てきたかもしれない、と理人はもう二年間ほど繁の勉強を見ているお陰で少し指導者魂を燃やしていた。

「瀬良。今二人きりだしできればこの間のテストの成績を教えてほしいな、って」

「えー。誰にも話さないって約束できる?」

「別に他人の秘密を話すようなことはしないよ」

「なら」と蛍は前置きしたうえで成績がまとめられている小さな紙を理人の前に出してきた。裏向きに置かれたので表向きにしてそれを見る。なるほど、これは渚がいじりたくなる気持ちもちょっと分かる。赤点すれすれとまでは行かないが大体の教科が平均より下。順位も決して芳しいものとは言えない。


 理人がやたら真剣に成績表を見ているせいか蛍も恥ずかしそうにする。

「中学の時は結構成績良かったんだけどね……気づいたらこんな感じに」

 理人たちが通っている高校は少なくとも成績不良者が入れるような高校ではない。中学の時にある程度の成績はあったことは確かだ。

「取り敢えずやろうか、瀬良が今一番厳しそうなのは?」

「……数学?」

「オッケー。数学からやるか」

 理人も数学の問題集を取り出す。蛍とやり取りをしていたら緊張も取り除かれてきたようだ。蛍もノートを広げてシャーペンを走らせ始めた。


 一時間後。二人は時には蛍が「これってどういうこと?」と疑問を口にするのでそれには答えていく。理人は無言の空気になるとやはり緊張がぶり返してくるがそれを押し殺して何とか目の前の問題に集中することで気を紛らわせようとした。そのせいか思っていたより勉強がはかどってしまった。

「……結構進んじゃった。理人がいたら本当に高校入学以来の最高点数取れるかも」

 蛍が口元に手を添えて静かに笑う。それに対して理人も笑顔を返す。

「いや、瀬良の理解力が高いお陰だよ。繁ならこうはなってない」

「そう言ってもらえると何か嬉しい」

 理人の言うことは好感度を上げるためのお世辞なんかじゃなく、本心だった。高校に入ってどういう心境の変化があったのかは分からないがこの調子で勉強していけば平均より上は確実に行けるだろう。


 蛍が「そろそろ疲れた」なんて言いながらペン先を動かす手を緩める。どうやらもう集中が切れてきたようだ。確かにずっと勉強詰め何て効率が悪いしな。

「いったん休憩するか。俺も結構疲れた」

「そうだね」

 うん、と片方の腕は肩の後ろに回してもう片方の腕を頭の後ろに回して蛍が伸びをした。

「やっぱり瀬良って結構頭いいと思うけどな、元々そのイメージだった」

 そう俺が漏らすと蛍は嬉しそうにした。

「でも理人の方が頭いいよ。今日も結構教えてもらってるし」

「……どうせやるなら繁くらいちょいっと超えて見せつけてやろう」

 理人の中には繁より教えやすかった蛍を見て、変な闘争心が芽生えていた。自分の手によって成績が上がっていく様子を見てうれしくなる感覚は理人は既に味わっていた。それを蛍と一緒にやってみたい。

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