第14話 いらっしゃい

 トーク画面を見て最初に思い浮かんだことは『何を言ってるんだ?』ということだ。というか、『私の部屋か理人の部屋がいい』なんて蛍はどんな気持ちでこれを書いたんだ?どういう意図で書いたんだ?

 「は?は? どうなってるんだ……?」

 『行けそうかな?』

 「いや行けねぇよ!?」

 まず理人が蛍の部屋で勉強をすることを想定してみる。蛍の部屋は確か5階。理人は鼓動を鳴らしながらインターホンを押し、家に通され……まあ間取りは理人の部屋と同じだろうからそのままリビングに通され……蛍の自室に通される可能性もあるな。いや、女子の部屋だぞ。彼氏でもない男を娘の親に通すなんて彼女の親が許さんだろう。そもそも蛍の親は家にいるのか?共働きで家には夜まで居なかったりして……と言うところまで考えて一旦考えるのをやめた。まあ理人がどこかしらの部屋に通されたとしても、間取りが同じだとしても、やはりそこに蛍は住んでいるわけだ。そんな生活感が端々に感じられる部屋で勉強なんて出来るはずもないし今すぐその空間から緊張して離れたくなるに違いない。


 じゃあ蛍を理人の部屋に呼ぶと考えよう……いや、考えるまでもない。引っ越してきたばかりで物もあまり整理出来ていないのでリビングの様相はまるでミニマリスト。自分の部屋は逆に、ベッドの上の漫画や床に散乱された服や袋を永遠に変えることの無いゴミ箱、もはや勉強机の役割を果たしていない机などなど。蛍を呼ぶなんて夢のまた夢の話だ。

 しかし、蛍の部屋に行くというのは中々魅力的な話だ。というか、夢にまで見た話だ。理人がここで『じゃあ瀬良の部屋でいい?』とメッセージを送れば数日後の極度の緊張が約束される代わりに蛍の部屋に行くチケットが手に入る。理人はちゃんと椅子に座って緊張した面持ちをしながら『瀬良の部屋にしてもいい?』とメッセージを送る。

 『分かった!』

 「っしゃあ!」

 理人は大きく声を上げたら蛍に聞こえるかな、なんて要らない心配をしながら小さく喜びを噛み締めた。


 数日後、日曜日。テストまであと一週間半というところで蛍はテスト勉強を殆どやってなかった。

 「ヤバい……絶対おかしいって……」

 主な理由は2つだ。1つ目。蛍は何気に自分の理解力には自信を持っていた。中学の時から成績は平均くらいだったので、中学三年生の時にガリ勉となってめきめきと成績を上げたのには努力はもちろん地頭の良さもかなり関係してくる。実際、高校になっても覚えているかはともかく、授業で言っていることをその場で理解することは出来ているのだ。それが変なバイアスに作用し自信となり怠慢を招く。高校に入ってからの蛍の勉強というのはそんな感じだった。ガリ勉時代からの燃え尽き症候群と言ってもいいかもしれない。

 2つ目――。

 インターホンがなる。約束していた客が来るのだった。ドアの鍵を開けに行こうとする直前に部屋の外から幾つかの箇所の片付けができているかどうか、指差し確認を高速で行う。彼女は理人が来るために部屋の大掃除を敢行していた。


 「いらっしゃい」

 「……お邪魔します」

 蛍でも分かるくらい理人の声は硬い。明らかに緊張している。その姿を見て蛍は少し安心したのを笑って誤魔化す。自分は理人にとって『異性』の対象になり得るのだ、と思ったのだ。

 「もしかして、女子の部屋とか緊張する?」

 「まさか」

 その返答を聞いて何故だか蛍はおかしいくらい面白くなって爆笑してしまいそうになった。明らかにこれは強がりだ。先程まで今の理人と同じくらい緊張していた蛍は何となく気が楽になった。太陽はまだ一番高いところに来ていない。時間はたっぷりある。

 「まあ入って入って」

 「お邪魔します……」

 なんでもう一回お邪魔しますって言うんだ、と二人とも心の中で突っ込んだ瞬間理人は蛍の自室に足を踏み入れた。

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