第10話 その横顔が

 結局その日はフードコートで雑談をしたり、ゲームセンターでクレーンゲームをしたり、一緒にアイスを食べたりと傍から見るとかなりカップルっぽいことをして行きと同じ経路の電車に揺られた。夕方の乗客が少ない絶妙な時間に乗れたので二人とも座れるスペースが出来ていたのはラッキーだった。

「楽しかったね」

 そう言いながら蛍がうんっと伸びをした。寒さから少し厚着をしているので、あまりくっつきすぎると変な感じになることを悔やみながら、お互い隣同士に座っている。電車の窓から差し込んでいる夕日に哀愁感をなんとなしに感じる。映画を見て理人が夢中になっていたのは……もう4、5時間くらいは前のことだ。


「また、瀬良の部活が空いてる時にでも。予定入ってなかったらまた遊びに行こ」

「うん」

 そんな会話をしながら蛍は昔……といっても数ヶ月前のことを思い出していた。あれ、そう言えば何で蛍自身は理人のことを『理人』と呼ぶのに理人は蛍のことを『瀬良』と呼ぶんだろう。それで馴染んでいたので違和感は感じていなかったがふと疑問に思って記憶の糸を探る。


 一学期の時は理人との関係はクラスメイトというだけで話した回数も数えるほどであった。しかし、二学期の席替えで理人と隣同士になってから状況は少し変わった。繁やもう数人の友達と話しているだけで、あまり活発な印象は受けない。蛍はせっかく隣に成ったのだから、と持ち前の明るさをもって積極的に話していた。

「ねえ、有賀。この問題ってどう解いてる?」

「え……っと、これを……」

 最初は蛍でさえ何となく察せれるほど少し面倒臭そうにしていたが段々話すのが楽しくなってきたのか、理人の声色も日々よくなっていた。それが楽しくて、元々コミュニケーション大好き人間だった蛍は更に理人へ話しかけるようになっていた。いつしか学校でよく話す異性の友達として蛍は理人を信頼するようになった。


「ねえ、有賀って好きな人とかいるの?」

「んー……いないかな。瀬良は?」

「私は……私もいないね」

 理人は一見するととても大人しい人に見えるが、仲がいい男子と話しているときは結構ふざけるし蛍と話すときはよく笑う。そんな些細なことが蛍の奥で固まっていた氷を溶かしていった。そんな感じで徐々に蛍は理人に惹かれていったのかもしれない。

「でも、彼女とかはいたことあるんじゃない?」

「……無くはない。正直思い出したくないけど」

「元カノのことをそんな感じでいう人中々いないけど、何があったの……」

「まあちょっと色々と……」

 蛍は失笑しながら恋愛脳で考える。もし、有賀と付き合ったどうなるだろう。毎日連絡を交わして、どこか近くの公園とかで待ち合わせして一緒に手を繋いで登校して、呼び方は『理人』と『蛍』だろうか。


「理人……かあ」

「なんで突然名前呼び?」

 家にいるときのテンションになってしまっていたから思わず声が漏れてしまった。ヤバい、と思いながらごまかすために口上を重ねる。

「いや、何か呼んだらどんな感じなんだろうって思って」

「何それ、突然でびっくりした」

 理人が笑ってスルーしてくれたので蛍の中に小さな欲が生まれた。名前呼びというのはかなりお互いの距離を縮めてくれる代物ではないのかと思い始めたのだ。そう、理人ともっと仲良くなりたいという思いが最初だった。

「理人ってなんかいいよね。ちょっと今度からそう呼ぼうかな」

「え」

「よろしくね、理人」

 流石に理人に『蛍』って呼んでもらうように言うように切り出すのは流石にできなかったが、それから蛍は理人のことを『理人』と呼ぶようになった。


 

 会話の流れが止まって少し静かになったなと思ったら蛍が眠っていた。電車のソファに座りながら下を向いて眠っていた。そんな蛍の姿を見ていると理人の瞼も重くなってくるが何とか耐えようとする。ここで理人が寝てしまったら二人して駅を寝過ごしてしまう未来が待っている気がする。

「……可愛いなあ」

 蛍の整った眉やきれいな鼻など、俯き状態になっている蛍の横顔が見える。クラスのどの男子に聞いても端正な顔立ちをしているというだろう。こういう状況になるとやはり『告白』の二文字が頭の中に浮かんでくる。


「ん……私寝てた!?ごめん、いつの間にか……」

「大丈夫、もう着くよ」

 目を覚ました蛍は寝ぼけている頭を必死に起こしながら人が少ない、朝理人と一緒に電車に乗り込んだ駅で降りた。電車のドアがゆっくりと閉まった。

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