第9話 その顔が欲しいな
もう崩壊せんとグラグラと音を立てる廃工場の中で、クライマックスの闘いが続く。懐に収まっていた銃を取り出しバン、バンと豪快な音を立てて弾が発射される。弾は敵の肩をすかし後ろにあった一斗缶を破壊する。額に薄く垂れる汗は、緊張と燃えている炎によるものだ。接近戦に持ち込んだ男は先程の狙いを定め発射する精密な攻撃とは対照に、大立ち回りで敵の頭を蹴る。カメラワークはその戦いを引き立てるように動いていき、男の足による蹴りや腕によるパンチ、訓練された動きによってどんどん位置が変わっていく頭が正確にパンアップされていく。
クライマックスシーンが放送されている中、理人はそれを食い入るように見ていた。こういう洗練された動きにやはり憧れてしまう心はある。理人は映画をあまり見ないタイプだ。だから、今回のこの映画もまあ精々、面白かったなぁくらいの感想で終えるつもりだったのだ。というか、逆に映画を見ている蛍の顔を横目でチラ見……位はしてやるつもりだったし、前半は時々目線を傾けていた。だが、後半になり一気に面白くなった。これまでの伏線がどんどん回収されていき、目を奪われる役者の動きに夢中になってしまっていた。
それを見ながら、蛍は少しふくれていた。
(理人、すごい夢中になって見てる……たしかに面白いけどさぁ)
好きな役者が出ていることもあって蛍もこの映画を面白いと思いながら見ていたが、前かがみになって画面に食い入っている理人の姿を見れば、それは多少のモヤモヤも出てくる。
(私との話でこんな夢中になった顔したことないじゃん)
蛍は柄にも合わず少し嫉妬していた。映画なんかに嫉妬するなんてバカらしいと自分でも思ってしまうが、いざ理人の姿を見るとその顔を自分のものにしたいと思ってしまう。
男は死闘が終え、別れていたヒロインと再会する。互いに喜び、キスをして二人の将来を暗喩するような描写が挟み込まれて映画はエンドロールに入った。
映画が終わって薄暗い上映部屋から廊下に入った瞬間、そして店が並ぶショッピングモールの通路という風に段階的に視界が明るくなっていく瞬間がある。それはまるで眠気を冷水によって無理やり醒めさせられるような、現実に突然戻されるような残酷さにも形容できるような何かを感じる。
「面白かったね」
「うん。めちゃくちゃ」
二人は並んで行く宛も見つけずにモールの中を歩いていた。
「面白かったし、もし続編とか出来たらまた一緒に行こうよ」
蛍が心の奥にある気持ちを押し殺しながら笑う。
「行こう行こう」
それに気づくはずもなく理人は一人で嬉しくなる。
『ここで有賀と距離を近づけられたら絶対付き合える!』
ふと渚の言葉を思い出した。付き合う……か。そんなこと出来るのだろうか。蛍が理人のことを好きになったのは二学期の途中だった。これまでは何も出来なかったが、この数週間で一気に朧気だった理人の姿が明確に見えるようになった。
「……この後どうする?」
「うーん、どこか行きたいところがないなら何か食べる?ポップコーンだけだとちょっと……」
「じゃあフードコート行こう!私も何か食べたくなってきた」
蛍は一見明るい人物に見えるが、逆に心の奥底に自分の気持ちをしまってしまっていた。
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