第五十六話 マリネッタの情報


 あの襲撃が起きた日から数日。

 特に目立ったことは起こらず至って平穏な日々を過ごしていたオレたち。


 ここはいつものように騒がしい冒険者ギルドの受付。

 入ってきたオレたちの顔を見るなり何食わぬ顔でマリネッタが受付をしてくれていた。


 ただし、他の冒険者たちから目立たないギルド端でこっそりと。


「え〜と、今回の報酬はこちらですね」


 ダンジョン調査の報酬金を受け取る。

 ついでに情報収集の一環として尋ねたいことを聞いてみた。

 実質冒険者ギルドの支配者であるマリネッタなら色々深い事情も知っているだろうしな。


「第三王女っていまどうしてるんだ? もうダンジョンには潜ってるんだよな? ダンジョンが目的って聞いたけど全然出会わないんだけど」


 オークション会場に現れた第三王女ベルベキア・モントリオール。

 ラーツィアの姉であり、恩恵『グレートソード』を有する、本人も相当な武力をもつという実力者。

 師匠の話では実は冒険者ギルドにも登録していて、実力的にはAランク相当だが、王族の仕事が忙しいのもあっていま現在はBランクの冒険者らしい。


 彼女はこのランクルの街を訪れた理由に大規模ダンジョン『底なし沼』への挑戦を示唆していた。


 実際彼女はもうすでにダンジョンに入り浸っているなんて噂も軽く耳にするぐらいだし、オレたちより積極的に攻略に勤しんでいるのは間違いなさそうだ。


 そんな中、現在第三層を主な活動の拠点とするオレたち。

 しかし、同じダンジョンに挑戦しているはずのお姉さんとはただの一度も遭遇していない。


 まあ、ダンジョンの規模自体がバカデカいからそうそう出会わないのは納得なんだが、もし偶然出会しても正体がバレないように、ミクラ婆さんのところで全員分の外套マントを用意して貰っていたから若干拍子抜けしている。


「あ、勿論巷に出回ってる範囲の情報で頼むぜ。……余計なことを聞いて王女様に悪い印象をもたれるのも困るからな」


 実際は目をつけられたらラーツィアのことが一発でバレるからなんだが……それは言わないでおく。

 というか迂闊に近づいたらどんな反応をするかわからないから接触するにしても不安なんだよな。

 お姉さんはラーツィアのことを死んだと信じてるみたいだし。


「ベルベキア様ならランクルの街で最も安全といわれている宿『新樹の琥珀亭』に宿泊していらっしゃるみたいですね」


「へー、あの引退した凄腕の冒険者がやってるっていう宿か」


「はい、以前はAランクの冒険者として王都で活躍していたハーマルさんがご家族で経営する食事処兼宿泊施設ですね。あそこはハーマルさんの他にも奥さんのマイアさんも元Bランクの冒険者で、お客さん同士の不意の諍いもすぐに鎮圧しちゃいますから、そういった意味でも大変人気のあるお宿ですね」


 確かランクルの街の中心近くにある店でオレは一度も訪れたことはなかったはずだ。

 あそこはランクルの街を拠点にした冒険者もよく利用する店で、外から来るお客さんも多いみたいだけど、以前までのオレは恩恵のこともあって冒険者の集まる施設にはあんまり近づけなかったからな。


 噂では料理はそこそこの味だけど量は多いし、店主のお陰で狼藉を働く奴も滅多にいないいい店だって聞いたことがある。

 一度くらいは行ってみたいけど、お姉さんがいるならいまは無理だな。

 取り敢えず何にしても皆に相談したあと、か。


「て、泊まってる宿まで教えて貰って良かったのか? 王女様なんだから、その……狙われたりするだろ?」


「ええ、でも正体を隠していてもベルベキア様はその……大変目立ちますから少しずつ噂になっているようです。でも、ご本人も相当な実力者ですし、護衛の方もご一緒に泊まってるようですから、それほど心配することもないのかな、と思いますけど」


「護衛、ね」


 護衛か……もしかしてオークション会場でお姉さんの側に控えていた奴か?

 

「それに大規模なダンジョンが出現したとはいえ、流石にこんな田舎街で王女様に危害を加えようなんて不届き者は現れないでしょう」


 普通そうだよな。

 でもなー、ここに狙われてる王女様が一人いるんだよなー。


「……そういえば結構日数経ったけどギルドマスターってまだ帰って来ないのか?」


 オレと決闘騒ぎを起こしたセブランを連れて合宿という名の地獄への旅に出たギルドマスター。

 あれから一向に姿を見かけないけどどうなったんだ?

 まあ、マリネッタがこうして実権を握っている以上帰って来ていないんだろうけど、すこーしだけ気になる。


「ギルドマスターはまだ帰ってきてませんね。でも一度だけ連絡がありましたよ。何でもセブランさんが予想より腑抜けていたから、一度過酷な目に合わせて生まれ変わらせるって言ってたみたいです」


 おいー、何でそんなことになってるのぉ。

 

 セブランは確かにムカつく奴だったがいつの間にそんなことに。

 

「ギルドマスターがいま帰って来ても邪魔……失礼しました。お任せできる仕事はありませんからね。鍛え直す時間が伸びる分には丁度いいんじゃないでしょうか。……セブランさんには反省が必要ですし」


 マリネッタは辛辣だなぁ。

 やっぱりこの娘が一番怖いかも。


 というか失礼しましたって、いま同じ意味のことをもう一回言ってたよね!


 マリネッタにとってギルドマスターって……もう要らない存在になっちゃったんだな。

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