第五十七話 嫌なヤツ


 一部恐ろしいことも聞いてしまったけど、概ね有用な情報ばかりだったマリネッタとの会話を終え、オレたちは冒険者ギルドに併設された酒場へと繰り出していた。


 というのも報酬金も手に入ったことだし、オークションでの予想以上の落札価格のこともある。

 数日前に正体不明の相手に襲撃されるというハプニングこそあったが、このところ忙しかった日々の労いの意味も込めて、偶には皆で美味いものでも食べようという話になったのだった。


「このところダンジョン攻略を優先してたし、普段はオレの料理ばかりで飽きるだろうからな。偶には外の料理も食べなくなるだろ」


「しかしだなぁ、ツィアの件もある。あまり人目が集まるところには行きたくないんだが……」


 いまいち乗り気ではない師匠。

 大丈夫だって、勿論その辺の対策も考えてある。

 ようは多数の冒険者が入り浸る酒場で顔を出して食事するのが危険だって言うんだろ。


「実はだな。ここの酒場は料理のテイクアウトも出来るんだ」


「なるほど、面白いサービスを行っているのね」


「ああ、ここは荒くれ者ばかり集まってくるし年中五月蠅いからな。静かに食事だけしたい奴や無駄に絡まれたくない奴には、料理を持ち帰り用に包んでくれるんだよ」


「田舎の酒場だが、冒険者ギルド併設だけあって融通が効くということか」


 元々ここの酒場の料理の評判は良かったけど、冒険者ばかりで入りづらいって一般のお客さんからの意見を取り入れた末に行われるようになったサービスらしい。

 オレも爺さんが生きている頃はここで料理を買って家で一緒に食べたことがあるけど、その場で食べるのとはまた違った良さがあるんだよな。


「そうだ! 折角ですから孤児院のみなさんにもお料理を持っていきませんか?」


「……いいのか?」


「勿論です!」


「そうだな。最近ダンジョン攻略ばかりで構ってやれなかったし、まだ時間も早い。……皆さえ良ければアイツらに持って帰ってもいいか?」


 院長先生はもとより、いまだ避けられたままのライカスも持って帰れば喜ぶだろうな。

 恐る恐る尋ねるオレに師匠はそっぽを向きながら答える。


「孤児院か……少し寄り道することになるが、仕方ないな。ただし! 何処に監視の目があるかわからない。あまり時間をかけるなよ。それと! ……ツィアがどうしてもというからだぞ、まったく」


 あーもう、師匠は素直じゃないなぁ。


「私はまだ孤児院に訪れたことがなかったから子供たちに会うのは楽しみだわ。アルコが育った場所? なのよね。折角の機会だから院長先生にもご挨拶しておかないと」


 何故か気合いを入れるヴィルジニーだが、その前に注意だけはしておかないと。


「あー、ヴィルジニーは水着の上になにか羽織ってくれよ。いまは外套マントを身に着けてるとはいえ、そいつがはだけたりしたら絶対気まずい雰囲気になるからな。子供たちに刺激の強いものは見せられないし」


 いまのヴィルジニーの格好は恩恵で作り出した『競泳水着』のうえに外套マントを一枚羽織っただけだ。

 こんな格好で孤児院に行って万が一外套マントの中身を覗かれたりしたらちょっとした騒ぎになる。


 子供ってのは大概好奇心旺盛だ。

 高確率で覗いてくるだろう。

 普段から同じ格好のヴィルジニーは見られても気にしないだろうが、子供の教育には悪影響が出るかもしれない。


 そもそもマジックバックに緊急時の服を用意してあるのは知ってるんだからな!

 街中ではもうちょっと厚着してくれよ!


 しかし、オレのやんわりとした注意も虚しく、ヴィルジニーは頬を膨らませ怒り出す。


「ひどい! この格好はもう私のアイデンティティなのよ! それを取り上げようだなんて!」


「ええー」


 う、うん、拒否反応はあると思ったけど結構深刻だった。


 その後、ラーツィアに窘められてなんとか抑えてくれたものの、不機嫌さを隠さないヴィルジニーにビビりながら酒場で料理を注文する。

 

 孤児院の子供たちの分もとなると、思ったより大量になってしまった。

 待っている間、手持ち無沙汰にカウンターで座っていると、ふと奥の席から野太い声が飛んでくる。


「……ニイチャン、随分と羽振りがいいな」


 誰だ?

 視線を横にズラせば体格のいい大男。


 周りには舎弟なのか、子分なのかガラの悪い連中を侍らせ、店の一角を占領している。


 おいおい、なんで絡んでくるんだよ。

 オレらは無駄に注目を集めたくないんだぞ。


 ていうかよく見るとどいつもこいつもこの辺じゃ見たことのない顔ぶれだな。

 ……ランクルの街の住人じゃない?


「……何の用だ?」


「いや、なに、四人で喰いきれないほどの料理を頼んでたようだからな。少し気になっただけだ」

 

「それだけ、か?」


 あんまりに普通な理由だったから素っ気なく返事をすると突如大男は視線を強める。


「……ところでオマエさんこの街ではちょっとした有名人みたいだな。何でも……『ゴミ恩恵』とか」


「ナニ?」


 師匠、俺への悪口に対して反応が早いのは嬉しいけど、そんなにいきり立たなくても。


「おっと気を悪くしないでくれ。オレはヴァイグル。最近この街にきた新参者でな。どうにもまだ慣れてないんだ。アンタのことは風の噂で聞いてね。折角こうして出会ったんだから挨拶でもしようと思ってな」


 いや、こんなムサイおっさんと知り合いになんてなりたくないんだけど。

 だがまあ、こんなところで揉めるのもアレだ。

 いくら周りが騒がしい酒場とはいえ、余計目立つからな。

 ここは無難に受け流して――――。


「おいお前っ。お頭がお前みたいな弱っちい野郎に挨拶してやろうってのに、いつまで薄汚え外套マントを羽織ったまま座ってんだ! しっかり立って頭を下げやがれ!」


「あ゛?」


 し、師匠ーー!

 怒らないでぇ。

 失礼な奴だとはオレも思うけど、こんな目立つところで胸ぐらを掴まないでぇ。


「!??」


 ビビってるから!

 絡んできた子分があまりの早業に足震わせてビビってるから!


「……へー、面白い男が仲間にいるな」


 あ、師匠が胸ぐらを掴んで持ち上げたまま固まってる。

 ……一目で男扱いされてショックだったんだな。


 そんな一触触発のやり取りの間に丁度料理が出来たらしい。

 腰が抜けたままの子分を床に座らせたまま、オレたちは席を立とうとする。


「悪かったな。アルコ・バステリオ。ウチの若い奴は血の気が多くてね」


「いや、別にいいさ。用件はそれだけだよな。オレたちは帰らせて貰うぜ」


 受け取った料理を一時マジックバックに閉まって貰い今度こそ店を去る。

 幸い周りは酔っぱらいばかりなのかあまり騒ぎにはなっていない。


 いま切り上げればそれほど注目を浴びなくて済む。

 不満そうな師匠を連れだす寸前、大男ヴァイグルは不吉な笑みを浮かべた。

 いままで何度となく見てきた蔑みの目で。


「……じゃあまた後でな『ゴミ恩恵』」


 こっちはもう会いたくないな……嫌なヤツ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る