第五十五話 相談
昨日深夜の襲撃者の一件。
殆ど何もわからなかったあの月明かりの夜。
突然に襲われ助けられた嵐のような激動の一夜。
ただそのやり取りの中で一点、オレを助けてくれたヨズクという女が気になることをいっていた。
朝食も終わり団欒の時、オレは思い切ってそのことを皆に相談していた。
「……ヨズクが襲撃者の男にいっていた帝国の刺客って話。アレって本当のことだと思うか?」
果たしてあの襲撃者はヨズクのいうように帝国の送ってきた刺客なのか。
本人は帝国所属であることを否定しなかったけど、道に迷ったとか訳のわからないことをいってこの家に来た理由については煙に巻いていた。
「アルコを襲ったあの黒ずくめの男ね。恩恵も使いこなしていたし、かなりの手練に感じたわ。実力からみても本人の申告通り帝国所属の者なのは本当なのかも」
考え込みながらもあの闇夜の戦闘を一緒に観戦していたヴィルジニーが答える。
彼女はオレたちよりランクの高いCランクの冒険者。
戦闘に関する知識も経験も豊富だ。
悩む素振りこそ見せているけど実力を測る目は確かだろう。
彼女はあの男の実力を高く評価しているようだった。
それにしても、コルク抜きの恩恵か。
到底武器にするものでもなさそうなのに形状変化といいかなり使いこなしていた。
地面を引っこ抜いた時はマジで驚いたな。
「私は直接戦闘を見たわけではないが、ヴィルジニーの話を聞いた限りでは王都脱出の際に遭遇した帝国の刺客の一人でも可笑しくはないだろうな。彼らも正体を隠すため黒い装束を身に纏い、闇夜に紛れて行動する実力者の集団だった。一応王都からの追っ手は撒いてきたはずだが……姫様を狙って新たに派遣されてきた者かもしれない」
神妙な面持ちの師匠。
「ラーツィアのことバレてると思った方がいいか……」
「うむ。……だが、姫様の正体が露見しているならもっと確実な方法を取るはずだ。アルコなどさして重要な相手ではない。人質に取っても有効ではないのは一目で分かるはず」
「おい」
「そうね。アルコには悪いけど、モントリオール王国の王女様であるラーツィアを狙ってきたなら、みんなが寝静まって油断している隙に直接攫うなり襲撃するなりするはずだわ。わざわざ激しい音を立ててまでアルコを襲う必要はない。別に陽動って訳でもなかったし。そんなことをしている間に標的に逃げられてしまうもの。アルコにそんな価値はないわ」
うぅ……ひ、ひどい。
師匠に続いてヴィルジニーまで。
そんなにこき下ろさなくてもいいだろぉ。
「ヨズクとやらが退けてくれたとはいえ、あれから夜通し警戒していたが他に誰かが襲ってくる気配もない。……本当にその襲撃犯の男が帝国の刺客だという確証は持てないな」
襲撃者が単独であり行き当たりばったりな行動が見受けられたこと。
ヴィルジニーが認めるほど実力は高いはずなのにあっさりと退いていったこと。
どうやら実際の戦闘や姿を見ていない師匠はそれらのこともあって襲撃者=帝国の刺客とは思えないようだ。
怪訝な顔で皆を見渡す。
「道に迷っただけ、ね。ちょっと信じ難い理由だけど、戦いの最中も殺気は感じられなかった。もしかしたら本当に勘違いなのかしら」
襲撃者については謎が多い。
ひとまず棚上げしておくしかない、か。
「となると、そいつと争っていたヨズクは一体何者なんだろうな……」
思惑はわからないものの、オレを助けてくれた彼女。
だけど、疑う訳じゃないがあんなタイミング良く助けられるものなのか?
彼女はこの家に誰が滞在しているのか分かっているようだった。
ラーツィアの正体について感づいているようにも思う。
「ラーツィアと師匠はヨズクのことは?」
「知らんな」
素っ気なく答える師匠。
心当たりは一切なさそうだ。
「わたしも分かりません。でもっ……」
言葉に詰まるラーツィア。
あの瞬間。
ラーツィアとヨズクが出会ったあの時。
何故か二人の邪魔をしてはいけないような感情に襲われた。
あれだけ怒りに染まっていたヨズクの紫の瞳が不安げに揺れ、ラーツィアの真っ直ぐな視線と交錯した。
ラーツィアもあの瞬間何かを感じ取ったのだろうか……彼女は両手を胸の前で組むと心情を吐露する。
「ヨズクさんは……悪い人ではないとそう思うんです」
「まあ、何だかんだオレを助けてくれた訳だからな。途中襲いかかってきてビビったけど」
軽く答えるオレにラーツィアは暗い表情を浮かべたまま続ける。
「……視線が合ったあの時、ヨズクさんは悲しそうで……何処か後悔しているようにも見えました。わたしの質問に答えてくれたのも意志に反して思いがけず話してしまった、そう感じたんです」
「うん……」
確かにヨズクはラーツィアの問いかけに迷っていた。
まるで返事をするのさえ許されないかのような躊躇が見て取れた。
「彼女の正体は分かりません。アル様を助けて下さった理由も。同時にアル様に襲いかかってきた理由も。……でもわたしはどうしても彼女がわたしたちに危害を加えるような人物には見えなかったんです」
「姫様……」
ラーツィアの訴えはここにはいないはずのヨズクを心から案じているものだった。
「わたしは彼女とお話ししたい。彼女の心に巣食う不安を払ってあげたい。あの綺麗な紫の瞳の奥にあった孤独を癒やしてあげたいんです。彼女はわたしに『何ものでもない』と言いました。でもきっとここからわたしたちの関係は紡いでいける。わたしがレオパルラと共に歩んできたように。アル様と出会えたように。ヴィルジニーさんと仲間になれたように。……ヨズクさんともきっと分かり合える」
「ラーツィア……」
「そう、ね。ヨズクに関しては今後また出会うことになったとしても対話を心掛けてみましょう。もしかしたらラーツィアの言うようにお互いに分かり合えるのかもしれない。でも、だからってラーツィア一人では駄目よ。たとえ敵ではないと思えたとしてもそれぞれ事情があるものだもの。最低限安全だけは考慮しないと」
「はい! 勿論です!」
元気良く返事をするラーツィアに苦笑するヴィルジニー。
どうやらラーツィアの意志は固そうだ。
こうなったラーツィアはミクラ婆さんの時のように若干頑固になるからな。
ま、オレもヨズクには悪い感情はあんまりない。
突然『害虫!』とか呼ばれたり、襲われたのは驚いたけど、『ゴミ恩恵』なんてしょっちゅうからかわれてたし、オレの勘違いじゃなければ戦闘では微妙に手加減してくれていたようにも見えたんだよな。
痛い目に合わせてやろうって感じはあったけど致命傷まではさせないような、そんな微妙な手加減。
これも師匠との修行の日々のお陰かもしれないけど、急所は避けてくれてた、そんな気がする。
「うむ。ヨズクに関しては姫様のご意思を尊重するとして問題は帝国の刺客か……取り敢えずより一層注意するしかないな。場合によっては一時的にこの街を離れることを考える必要もあるかもしれない。勿論姫様の敵は私がすべて排除するつもりではいますが」
「レオパルラ、ありがとう」
「いえ、姫様の護衛騎士として当然のことです」
真夜中の奇襲に再燃した帝国の刺客の懸念。
あの襲撃者の男もヨズクに関しても不明な点ばかりではっきりしたことはわからない。
それでも取り敢えずの方針は決まり、皆の意志は改めて一つになった。
だが、オレたちは失念していた。
警戒すべき敵は帝国の刺客だけではないことを。
水面下で自らの欲望を満たすために暗躍を続ける者たちがいることを、この時のオレたちは予想していなかった。
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