第五十三話 許せないもの


「アル様」


 アル様? アル様だとぉ!?

 ラーツィア様の鈴のような可愛らしいお声から響くあの男を呼ぶ声。


 な、なんて羨ましいヤツ。


 ……だがしかし、あの男も腐ってもラーツィア様を救った恩人ではある。


 心優しいラーツィア様なら見ず知らずの相手でも助けられたならば無下に扱わないだろうことは想像に難くない。

 私の力不足で間に合わなかった以上文句をいうのもお門違い、か。


 だが、如何ともし難い感情にはなる。

 くっ……私が救出に間に合ってさえいれば……。

 

「ラーツィア」


 と、尊き王族の方を呼び捨てで呼ぶなんてコ、コイツ……なんて不敬なヤツだ。


 私など遠くから眺めているだけでお名前を呼ぶ栄誉は与えられていないというのに……。


 ぐ、ぐぐ……しかし……ラーツィア様もお名前を直接呼ぶことをお許しになっているようだし、あの男に王族の方を敬うという教養があるようにも見えない。

 仕方ない……ここは甘んじて我慢するしかない。


 だが、オーガを倒し馬車を片付けた後、あの男が案内したのは廃屋同然の家。

 辛うじて休める程度の広さとラーツィア様の愛馬シュヴァルが身を隠せる小屋こそあるものの、高貴な御方を泊めるには不釣り合いな場所。


「くっ……身を隠すためとはいえ、なんと情けない。あのポンコツめ、なぜラーツィア様を連れて街まで行かない」


 内心ラーツィア様がお風邪を引かないか心配で夜通し見守っていると、一夜明けその後、借金取りと思わしい者まで現れる始末。


「なんだったんだ今のは。品性の欠片もないヤツだ。ラーツィア様がご覧になるのさえよろしくない。……消すか?」


 私が気持ち悪い来訪者を本気で消そうかと悩んでいる最中、何故か冒険者ギルドに向かう三人。

 そして、それは起きた。


「ツィア」


 オマ、オマエふざけんなよ!

 ラーツィア様を愛称で呼ぶななんて百万年早いんだよ!

 一回赤ん坊になってから出直して来いよ!!


 しかもラーツィア様を粗暴な連中ばかりの冒険者ギルドに連れてきたと思ったら決闘騒ぎだとぉ!

 絡んできた小汚いおっさんをコテンパンにしたからいいものの、野蛮なものをラーツィア様に見せるとは!


 これで負けていたら私が乱入して両方始末するところだ!!


 そもそもポンコツめ。

 オマエはラーツィア様の護衛騎士だろ。

 何故目立つような真似をする。

 何故感心したようにあの男の戦いを観戦している。


 助けられたとはいえ昨日まで見ず知らずの男だろ。

 何故そう簡単に信じられる。


 さらに信じられないことにラーツィア様を冒険者登録するだと!

 ああ、モンテリオールの姓をそのまま書いたら一発で居場所を把握されるじゃないか!

 

 冒険者ギルドといえこんな田舎では個人情報の取り扱いなど知れたものだぞ!


「ポンコツめ、何満足そうな顔で頷いている。オマエがお止めにならなくて誰がラーツィア様の安全に配慮するつもりだ」


 その後も何故かあの男に修練をつけてやるポンコツ騎士。

 なんだ? 師匠と呼ばれて浮かれているのか?

 随分と熱心に見てやるじゃないか。

 ……確かに境遇には同情の余地はあるが、ラーツィア様の護衛までないがしろにされては困るぞ。


 魔導具店での少々の諍い。

 ラーツィア様の寛大なる懐の深さと類まれなる慧眼が発揮され、店主の悩みを解決できたのは素晴らしいことだ。


 しかし、ラーツィア様が女王様から贈られた指輪を手放すことになるとは……いくらご自身の決めたこととはいえ胸が張り裂ける想いだ。


 ポンコツめ、何故金貨を前もって用意しておかない。

 給料は王国から十分払われているだろうに、あの男もあの男だ。

 呆気に取られているだけで何もしない。

 オマエはここに案内してきた上に店主の知り合いだろ。

 交渉の術も知らんのか。


 ダンジョンが発生したのは……まあ、不可抗力だ。

 発生原因など到底皆目もつかないもの。

 予想がつかなくても仕方ない。


 だが、仕方ないにしてもヴィルジニーとかいう変態水着女まで仲間に引き入れるとは何事だ?

 各々事情があるとはいえ、ラーツィア様の身元が露見するリスクが相応にあるんだぞ。


 さらにオークションまで参加して、貴重な魔法具まで出品するとは……。

 しかも会場には第三王女でありラーツィア様の姉君であるベルベキア様やSランク冒険者まで。

 どこまで危険な橋を渡るつもりだ。


 だが最も許せない……いやこの地獄のような生活の中で心に杭のように残っていることが一つだけある。


「どうか勇気をもって一歩前に踏み出して……わたしの勇者様」


 あの時の、あの男……アルコ・バステリオに懇願するように声をかけるラーツィア様の言葉が耳から離れない。


 私の奥底に深く突き刺さり掻き乱す。


 勇者。


 アルコ・バステリオがそれに値する人物なのか……私には判断がつかない。

 だが、ラーツィア様にとって彼は、彼だけは特別なのは確かだった。


 古塔に囚われていたラーツィア様は彼の前では以前より少しだけ自由に見える。


 あの頃とは僅かに異なる心からの笑顔。

 ただ平穏な毎日を過ごすだけとは違うどこか活力を感じさせる自然な表情。

 それをもたらしている中心は紛れもなく彼だった。


 しかし……影たる私はラーツィア様にとって何ものでもない。


 不確かで存在すら認識されていないもの。


 それが……どうしても悔しかった。


 私の名はヨズク。


 ラーツィア様を護る影なる者。


 表に出るはずのない裏の世界に生きるもの。


 だが故にこそ許せないものもある。


 ラーツィア様に過分に評価されながら目の前で迂闊にも帝国の刺客に隙を晒し、間抜け面を披露する奇妙な恩恵をもつ男。

 かの御方に勇者とまでいわしめるこの男だけは――――。


「近寄るな! ラーツィア様につく害虫めっ!!」


「へ?」


 認めない。

 認めてなるものか。

 良くも悪くもラーツィア様に影響を与え変えてしまう。


 この男だけは。


 私が! いまここで! 化けの皮を剥がしてやる!


「『チェーン・バインド』!!」

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