第五十二話 陰ながら護る者
モントリオール王国第四王女ラーツィア・モントリオール様。
私が御護りすべき尊き主君であり、決して対面することの許されないはずだった高貴なる王族の一人。
王族の方々を表立って護る国民にもわかりやすい盾であり戦力。
実力と家柄、両面を伴うエリート集団、近衛騎士。
専属として昼夜を問わず身辺を警護し、身の回りの世話から相談役、戦闘指南、ときに毒味薬まであらゆる任をこなす御側付き。
任命されること自体が最も信頼されている証ともいわれる選ばれし者、護衛騎士。
王族の方々と深く関わるこれらの騎士たちと私はまったく異なる。
私は……決して表に出ることはない存在。
王国にあまねく暮らす民衆はもとより、仕えるべき主君にすら知らされない影の者。
日陰を歩き、常夜の深く暗い闇に棲み、主君の万難を排す者。
ただひたすらに陰ながらラーツィア様を御守りし続ける……ただそれだけの存在。
不満はない。
いと尊きラーツィア様が安寧に暮らしていただくことこそ我が幸福。
「……ああ、今日もなんて素敵で可愛らしい横顔」
お労しいことだが魔力暴走を危惧した老人共の繰り言により、ラーツィア様が古塔から外出されることはない。
しかし、ラーツィア様は半ば幽閉された古塔での生活に不満を感じているようにはお見受けできなかった。
恐らく温情をかけたのだろうが騒がしいポンコツ護衛騎士をお側に置きながら、本を読み、微睡み、星を眺め、平穏に過ごす。
時折様子を見に訪れて下さる姉君のベルベキア様を持て成す日々。
静かで、しかし心温まる平和な毎日。
それが崩れたのはあまりに唐突だった。
突然に決定したラーツィア様と帝国の豚貴族の馬鹿息子との婚約話。
ラーツィア様を大切に想う女王様がこんな戯れ言を真に受けるはずがない。
必ずやこの馬鹿げた妄想話を一蹴して下さる。
そう、信じていた。
だが、女王様より説明されたのはラーツィア様が死去したと偽装することだった。
国葬を執り行う間に帝国の目を逃れ王都を脱出する。
その手助けをするようにと。
「……あの子にはあまり味方がいない。故にこの先待ち受ける困難で頼りになるのは貴女とレオパルラだけなのです。……頼みましたよ、ヨズク」
「はい、女王様。この命に代えましても必ずやラーツィア様を御守りしてみせます」
「…………」
女王様は多くを語らなかった。
この偽装がどうしても断れない婚約を破棄するための戦略なのか、それともラーツィア様を古塔から開放し自由にするためのものなのか。
もしかしてただの婚約話ではない?
まさかラーツィア様の莫大な魔力に帝国は気付いているのか?
女王様は私に帝国からの刺客に気をつけよと忠告をくださった。
何某かの図り事を企んでいるだろう帝国。
ラーツィア様を害するなら、なればこそ私のすべきことは一つ。
私には女王様の思惑は伺い知れない。
……しかし、女王様もこの婚約を良しとしてはいないことは確かだった。
病弱なお身体のため古塔から一歩も外に踏み出したことのない“眠り姫”として有名なラーツィア様の国葬。
王都中が悲嘆に暮れる中、人目を忍びながらの王都脱出。
しかし、帝国はやはり王都の動きを警戒し監視していた。
深夜に走り出す不審な馬車を易易と見逃してはくれない。
「そこを退け。我々としても無用な者を傷つけはしない。……あの見慣れぬ馬車の行方が気になるだけだ。お前が引くというならこの一時だけ見逃してやろう」
甘いことを宣う幾人もの刺客を我が恩恵『鎖鎌』でもって退ける。
夜闇に紛れた戦闘だが、ラーツィア様を御守りするため影に紛れ隠れる私には寧ろこの闇が心地いい。
しかしながら、追手を退ける戦いは激しく長時間に及んだ。
刺客は多くこちらはたった一人。
しかもどれも中々の手練ばかりで彼らは王都を離れた後も数日ごとに襲ってきた。
「初めから脱出を警戒されていた? やはり帝国は……」
幾日にも及ぶ戦いの日々。
ある時追手の中でもリーダー格と思われる相手との激戦の最中、ラーツィア様の馬車の行方を見失ってしまう。
「不味い……あれほどの敵がいるとは。退けることができたとはいえ、ラーツィア様の居場所を見失うとは一生の不覚。それほど遠くに離れてはいないはずだが……。くっ、傷が……」
予想外の馬車の進路に合流の遅れた私の視界に映ったのは、転倒した馬車とオーガに襲いかかられるあの御方の姿。
「ガアァァァアーーー!!」
「あのポンコツ! 何をやっている!!」
オーガの太い腕にかかれば華奢で儚いラーツィア様の身体は致命的な損傷を受けてしまう。
それなのにあのポンコツときたらオーガの進行の一切を止められない。
「止まれ!! 止まれ!!」
叫び声に不甲斐なく思いながらも傷ついた身体で一歩踏み出す――――寸前だった。
あの男が現れたのは。
そこから先はあっという間だったと思う。
無傷のラーツィア様を見て、ポンコツが息を吹き返してオーガに襲いかかり、挙げ句ラーツィア様の吸魔の指輪を借り受けたあの男がオーガを奇妙な恩恵でもって打ち倒した。
「『消毒液』? 何の恩恵だ? あんなもの聞いたこともない。傍目から見れば水のようなものなのに、森の切り拓き燃える恩恵……」
ここで終わればまだ良かったのだろう。
不敬とはいえ緊急のこと。
ラーツィア様を危機から救ってくれたことは確かだ。
顔を出すことはできないが少しは私も感謝を示す心があった。
あったんだ。
暫くの間は。
そこから私にとっての地獄がはじまった。
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