第五十一話 影対影


「えっと……コルク、スクリュー?」


 闇夜の月明かりが襲撃者の手元を照らす。

 それはオレの首元に押し付けてきた鋭利な短剣ではなかった。


 螺旋場の金属の針。

 握った手のひらにすっぽりと収まる柄のある道具。


 あれってワインボトルのコルクを抜く道具、だよな。

 ワインなんて飲んだことないけど、金属の針をコルクに捩じ込んで引き抜くやつ。


 あれが襲撃者の恩恵?


 ……弱そうじゃね。


 いやいや、仮にも暗殺紛いのことをしてきた奴だ。

 そんなはずある訳がない。


「コルクスクリュー? コルク抜きってことなの? 捻れた先端に一体化した柄。武器系統の恩恵かしら」


 隣のヴィルジニーが首を傾げる。

 彼女もまた襲撃者がどう戦うのか検討もつかないようだ。

 見合わせた顔には疑問が浮かんでいる。


 二人して襲撃者の恩恵について不思議がっている間にも、小柄な影の操る鎖は踊るように躍動し、襲撃者を取り囲む。


 狭まる鎖。

 身体に巻き付く瞬間、襲撃者が動く。


「……『台地抜き』」


「はぁ!?」


 手元のコルク抜きを地面に突き刺すちょっと理解不能な行動。

 ともすれば戦う相手に明確な隙を晒す行為。

 しかし、それは見ている側だけだった。


 地面が引き抜かれる。


 捩じ込み突き入れたコルク抜きを捻りながら引き戻す。

 一連の手慣れた動作は周囲から狭まってくる鎖を、引き抜いた地面でもって上方に回避する地形変化の恩恵技。


「マジかよ……」


「……地面を引き抜いたの? それを足場に上に回避した。でも……」


 引き抜いた地面は奇しくも太いコルクのような形。

 しかし、鎖は容赦しない。

 コルク型の土をぐっと締め付け圧壊させる。


「ちっ」


 ガラガラと音をたて崩れる土塊。

 思えば当然だが一部の土を持ち上げただけなら下はその分空洞となる。

 崩れた土は大きくコルク型に切り取られた地面へと落下していく。


 だが、襲撃者はもう空中で崩れかけた土塊を足場に跳躍していた。

 ……最初から一瞬の足場にだけ利用するつもりだったのか。


「……『木栓螺貫針』」


 長い。

 次に出現させたのはそれこそ地面だろうと人体だろうと捩じ込み、穴を開けられそうなほどの長い先端もつコルク抜き。


 恩恵の形状変化。

 師匠は恩恵からそれほど遠くない変化なら可能だと教えてくれたけど、大きさを変えるのではなく一部を変形させる様を実際に目にするのはこれが初めてだ。


 三十センチメートル近い先端を小柄な影に突き刺すように上空から突貫する襲撃者。


「帝国の刺客程度が舐めるなっ。『チェーン・スライス・ラージサイス』!!」


 対して小柄な影は巨大な鎖付きの鎌を出現させ、空中の襲撃者に向かって横から振り抜く。


 横合いから勢いを増し迫ってくる大鎌ともはや細長い短剣と化したコルク抜きが激突する。


「「……っ」」


 離れる両者の距離。


 おいおいなんだよあの攻防は。

 目で見るのもやっとの高速戦闘。


 ていうかいま帝国の刺客っていった?

 帝国?

 あの帝国なの?


 てっきり普通の物取りか何かだと思ったのにそんな危険人物だったのかよ!


 そりゃあ刃物を突きつけてきたけどさ。

 本気だとは思わないじゃん。


 え?

 何……まさかラーツィアを狙ってきたのか!?


「…………」


 顔を隠している襲撃者が明らかにこっちを向いてる。


 えー、オレに何か用事っすか。

 何も隠してることないっすけど。


「む……」


「あっ……」


 視線に不穏な何かを感じたのかヴィルジニーがオレを背にして庇ってくれる。

 うう、流石ヴィルジニー、寝間着姿だけど頼りになるぅ。


「わたしは確かに帝国の所属だが。……ただ道を訪ねたかっただけなのだがな」


「惚けないで! そんな訳ないでしょ! いくらそこの害虫が窓に鍵もかけずに爆睡してるからって、真夜中に刃物片手に道を尋ねる奴が何処にいるのよ! それに、このボロ家を誰が拠点にしているかわかっているでしょうが!!」


「?」


 首を傾げて不思議そうにする襲撃者に小柄な影が激昂する。

 だが、傍目からは両者の認識はかなり食い違っているように見える。


 え……マジで道を聞きに来ただけなの?

 嘘、だよな。


 ていうかいまなんて言った?


 ねぇ、君オレの恩人だよね。

 助けてくれたんだよね。

 なんか聞き捨てならないことを言われた気がするんだけど気のせいだよな。


「……わたしはただ散歩中に迷っただけなのだが。うむ……ランクルの街に帰るのはどっち方向だ?」


「…………あっちよ」


「そうか、助かった。礼を言おう」


 す、素直。

 小柄な影が指さした街とは全然違う方向に視線を向けるとさっと消えていく襲撃者。

 

 だ、騙されやすい。

 ホントにあの帝国の刺客なの?


「ふぅ……」


 脅威が去ったからか小柄な影が一息つく。


 一応礼を言っておかないと不味いよな。

 仮にも危ないところを助けられたんだし。


「あの……」


 ヴィルジニーの背後から顔を出し、オレが話し掛けた直後のことだった。

 いままで暗闇で隠れていた小柄な影の顔に月明かりが差す。


 声からして予想はしていたけど……女か。


「近寄るな! ラーツィア様につく害虫めっ!!」


「へ?」


 オレを守ってくれたはずの小柄な影。

 その紫に輝く瞳は敵意に濡れていた。

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