第五十話 真夜中の襲撃者


 オークションに出品した魔法具が予想を遥かに上回る破格の金額で落札された日から幾日か経った後。

 日は陰り、月明かりしか射さない静寂の夜。

 音は消え、風もない。


「おやすみなさい、アル様」


「お休み、また明日ね」


「……フン……私は寝るぞ」


「ああ、三人共お休み」


 お休みの挨拶もそこそこに居間へと向かっていく三人。

 ラーツィアたちはいまだに居間の一角を仕切ってそこを寝室としている。


 しかし、ラーツィアの恩恵『ベット』で作り出した豪華なベットは心地よい眠りを提供してくれるのか、同居早々ヴィルジニーはその魅力に陥落した。


 同じベットに眠ることを提案されたヴィルジニーは当初は遠慮していたが、一度だけとラーツィアにお願いされて実際に眠ってみるなるなり安眠できることに気付いたらしい。

 以来ラーツィアとヴィルジニーは仲良さそうに同じベットを使用している。


 ちなみに師匠はラーツィアと一緒だと恐れ多いらしい。

 何度提案されても恭しく断りつつベット脇に簡易の寝床を用意してそこで警戒しつつ眠っている。


 




 時刻は恐らく深夜。

 夜も深まり天高く昇る月が辺りを優しく照らす。

 皆が眠りについた時、事件は起きた。


「んん……」


 こんな日もある。

 なぜか寝付けない夜。


 不意にだ……違和感を感じたのは。


「――――動くな」


「っ!?」


 首筋に冷たい感触。

 夜の冷気でない、金属の感情のない冷たさ。

 一種で背筋が凍る。


 動けない……いや動いたらヤられる。


「声を出すな。身動きをするな。助けを求めても無駄だ。――――俺がお前を抉り殺す方が早い」


「な、何が目的だ」


「……」


「ぐ……この家に金目の物なんてないぞ」


「……」


 えと……黙っちゃわれると困るんですけど。


 闇夜に紛れるためか口元まで黒い装束に身を包んだ相手。

 一目では身元がわからないように顔を隠しているせいもあるが感情がまるで読めない。


 でも……返事がないのは困るんだよなぁ。

 ……一応丁寧に聞いて見るか?


「何が目的なんでしょうか?」


「…………?」


 いや、喋れよ!


 オレの問いに小首を傾げて不思議そうにする襲撃者。

 しかし、内心ツッコんでみたものの変わらず首筋に感じる冷たい気配に、今更ながら生殺与奪の権利が握られている恐怖を感じ始めていた。

 

 その時――――バリンと寝室の窓が割れる。


 割れる?

 じ、爺さんの家ぇ!?


 ベット脇の窓ガラスを突き破り襲撃者の肩に引っかかる……鎌。

 柄には鎖が繋がれ夜闇の先へと伸びている。


「ぐっ……」


 引っ張られる。


 強引に外に連れ出される襲撃者。

 冷たい感触が瞬く間に離れていく。

 た、助かった、のか?


 というか誰が助けてくれたんだ。

 バッと割れた窓から顔を出すと月明かりに照らされた二つの影が激しくぶつかり合い、離れ、またぶつかっていく。


 アイツらは一体……?


「アルコ! 無事?」


「ヴィルジニー!」


「大丈夫? すごい物音がしたからレオパルラに頼まれて様子を見に来たのだけど……怪我はないようね」


 競泳水着でない寝間着姿のヴィルジニー。

 元貴族令嬢だというのに意外と子供っぽい格好なんだよな……ってそんなことを考えてる時間はない。


 窓の外では激しい金属音が連続で鳴り響き、二つの影は互角に争っているように見える。


 小さい影と大きい影。

 小柄な方の影の手には恐らく恩恵で作り出したであろう鎖鎌。

 相対する大柄な影はオレの首元に押し付けてきた短剣を逆手に握っている。


 とすると、オレを助けてくれたのはあっちの小柄な方か。


「『チェーン・バインド』」


 いやどうなってる。


 恩恵技なのはわかる。

 でも小柄な方の足元から伸びる鎖は意志があるように高速で襲撃者だと思われる男に伸び包囲していく。


 相手を捕縛し動きを封じるための技。

 それにしても、鎖鎌の鎖だけを魔力で作成し操っているのか。

 恩恵を使った技にはあんなものもあるのかよ……。


 感心するのも束の間。

 襲撃者もただでは捕まらない。

 ぐるりと一周した後、包囲を狭めてくる鎖に対して満を持して自身の恩恵を――――。


「……『コルクスクリュー』」

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