第三十六話 ここにいる理由
「どうか勇気をもって一歩前に踏み出して……わたしの勇者様」
祈るように懇願するラーツィア。
オレなんかが彼女の勇者になれているのか?
自分を疑う声がそれを信じさせない。
耳に残るオレを蔑む声が消えてなくなってくれない。
だが――――そんなオレでも信じているものがある。
「ラーツィア、師匠。オレは……」
彼女たちを信じていた。
オレの運命を変える切っ掛けをくれた女性たち。
たとえ、彼女たちがオレを利用していたと語ったとしても、オレは彼女たちと出会って救われた。
だから……二人の信じる理想のオレに成りたいと願う。
ずっと停滞していたオレにも未来に羽ばたく力があると信じて。
喫茶店の中で少し騒ぎすぎたようだ。
店内がざわついていることに初めて気づく。
気まずそうに席に座るヴィルジニーの待つテーブルに戻る。
「作戦タイムは終わったかしら?」
「ああ、悪かったな」
「いえ……」
「?」
紅茶のカップを口元に運ぶヴィルジニーはどことなく申し訳なさそうだった。
「貴方たちの会話、少し聞こえてしまったのだけど……」
「あ、いや、それは……」
「盗み聞きするつもりはなかったの。ただ、静かな店内だと流石に響くわ……」
「……」
ヴィルジニーは寂しそうに笑う。
だが、次の瞬間決意の籠もった引き締まった表情になった。
「この街に来たのはお金を稼ぐためなの……」
「それは……!?」
「貴方たちが私を仲間に誘ってくれるなら……理由を明かさなければ不公平でしょ?」
彼女は語る。
それは彼女の半生を語るに等しかった。
「この街の大規模ダンジョンには一縷の望みを賭けてきたの。短時間に大金を手に入れるために。……私の家はね。没落した貴族の家なの。私は元シャノワール子爵家の令嬢だった」
冒険者にしては格好はともかく仕草や言葉遣いにはどこか品があると思っていた。
それに名乗った時には家名があることに驚いた。
普通冒険者は荒くれ者が多い。
家に迷惑をかけないために偽名を使ったり、名乗らないこともある。
それを彼女は堂々と宣言していた。
「我が家が貴族位を剥奪されたのは三年前。当時は私たち家族も使用人たちも突然のことに驚き、王家に対して意義を申し立てたわ。でも結果は私が冒険者として活動しているように……覆ることはなかった」
「その……なんで突然そんなことに?」
「両親は……貴族でいるには優しすぎたのかもしれないわね。いえ、甘いと言い換えてもいい。騙されたのよ。同じ貴族の家に……」
ヴィルジニーには悔しそうな表情を浮かべつつも『その話は長くなるからまた今度ね』といって続きを話そうとはしなかった。
「貴族でなくなったことは別にいいの。私は元から貴族令嬢としてはお転婆で落ち着きがないとよく言われたから。両親もあのまま貴族でいつづけるのは苦しかったと思う。だからそれはいいの。ただ……父さんも母さんも私には秘密にして借金をしていた」
「それは……」
「我が家は領地こそ持っていなかったけど、屋敷や家具を売り払ってもなお足りない額のお金を借りていた。おかしな話よね。それを私が知ったのはつい最近。ずっと秘密にしながら私の冒険者活動を応援してくれていた」
「借金はなぜそんな額に?」
「笑ってしまうわよ。ずっとずっと前なの。私が子供の頃に作った借金。身体の弱かった私の莫大な治療費だった」
ヴィルジニーは笑っていた。
それは悔しさの入り混じった涙交じりの笑み。
「いま健康に冒険者を続けられているのは幼少期に両親が行ってくれた献身的な治療のお陰だった。それなのに……私はそのことを覚えてすらおらず、ただ歳を取るにつれて自然と回復したと思い込んでいた。あんなに苦い、苦いと薬を嫌がって……父さんも母さんにも散々迷惑をかけてしまったわ」
「そんなことありません! ヴィルジニーさんのご両親はヴィルジニーさんを愛していたからこそ――――」
「ありがとう。でも私は自分をまだ許せない。あの頃の無知な自分を」
ラーツィアの励ましの言葉はヴィルジニーには届かなかった。
彼女はいまだ囚われたままだった。
「お金を借りた相手が証文を悪い噂のある相手に売ってしまったのが運の尽きね。早急にお金を返さなければ両親は奴隷として売られることになる。鉱山奴隷にでもなれば一年と保たず、亡くなってもおかしくない。私には時間がない。ここの大規模ダンジョンに賭けるしかなかった」
「それが理由……」
「そう、恥ずかしい話だけどね。貴方たちの話を盗み聞きしてしまった。その代わりと言ったら変だけど……なぜかしらね。貴方たちが少し羨ましかった。共に困難に挑んでくれる信頼できる仲間のいる貴方たちが……そう思ったら思わず話してしまったの」
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