第三十七話 誘う言葉と受け入れる言葉


 ヴィルジニーはただ一人想いを胸に閉まってこのランクルの街にきた。


 そう思った瞬間オレは彼女に――――。


「オレたちと一緒に冒険しないか?」


 ああ、そうだ。


 師匠の言った通りだよ。

 オレは彼女を見捨てられない。


 誰からも見向きもされないオレをなんの見返りもなく助けてくれた人。

 自らの不運を嘆きながらも希望の未来に向けて模索する人。


 彼女には優しく愛してくれる家族がいる。

 彼女は防具系統とはいえ戦闘にも耐えられる恩恵を持っている。


 だからなんだ。


 それが、手を差し伸べない理由にはならない。


 ラーツィアの信じたオレに成れるのか……それはわからない。

 ただこの手を取って欲しい一心だった。

 オレにヴィルジニー、君を助ける機会をくれ。

 オレ自身が理想のオレに、ラーツィアの信じる勇者に成るために。


「…………いいの?」


「ああ」


「私ずっとソロだったから連携なんて禄に取れない」


「ああ」


「私、お嬢様だったからあんまり料理は得意じゃない。洗濯も苦手。というか家事全般が嫌い」


「ああ、構わない」


「い、一年中、恩恵で生成した競泳水着ばっかり着てるから周りから変な目で見られるよ」


「別にいい」


「りょ、両親の借金は金貨千枚はあるんだから! それを一ヶ月以内に返すのよ! 時間がない。お金を稼ぐために無茶な行動を取るかもしれない!」


「オレだって金が必要だ。それもお前より多い金貨三千枚だぞ。無茶は承知だ」


「私! 本当は寂しがりなのよ! 信頼できる仲間ができたら一緒に生活するって決めてるんだから! 貴方たちの住んでいるところに転がり込むわよ!」


「家ならある。そこに一緒に住めばいい」


「……本気なの?」


「オレは、オレたちは本気だ」


 彼女がおずおずと差し出した手を強引に握る。


 そうだよ。

 オレは冒険者だ。


 欲しいものは必ず手に入れる。

 助けたい相手がいるなら強引にでも救ってみせる。


 それが自由ってことだろ。


「…………貴方、意外と荒々しく笑うのね」


「ああ、オレは冒険者だからな」


「ふふっ、なにそれ、可笑しいわよ」


 口元を隠して上品に笑うヴィルジニーはやはり貴族の令嬢だったんだなと実感する。


 だけど、それはもう関係ない。

 彼女はこの時オレたちの仲間になった。

 共に目標に向かって邁進する仲間。

 オレにはその事実があればそれで良かった。


「うぅ……事情はわからないけど、私は感動した。おめでとう」


「貴方たちの行く末に幸あらんことを祈っていますわ。おめでとうございます」


 冷静になって周りを見れば静かだったはずの店内に、パチパチと拍手の音が鳴り響いている。


「くぅ〜、俺の店で新たなカップルの誕生を見ることができるとは、喫茶店の店主でいて良かったぜ」


 カップルじゃねえよ!!


 というかせっかく静かで雰囲気もいい店なのに、なんでちょっとチンピラみたいなのが店主なんだよ!

 全然雰囲気と真逆じゃねえかよ!

 親指を立てて良くやったってポーズ取りつつ泣くんじゃねえ!


「ヴィルジニーさん! これから一緒に頑張りましょうね!」


「仲間に加わるのは認めるが、ツィアの身を最優先しろよ」


 この雰囲気の中、ラーツィアも師匠も普段と変わらないのはある意味凄いよな。

 師匠なんか平常運転過ぎて安心してくるまであるぞ。


「その……こちらこそよろしくお願いするわ」


 師匠と比べたらヴィルジニーは常識がある方かもしれない。

 周りの祝福ムードに照れながらラーツィアたちと握手していく様からはそう感じ取れた。

 ……師匠がブレなさすぎなだけか?


「そうだ。『競泳水着』……んっ」


「え?」


 ヴィルジニーが差し出して来たのは恩恵で作り出した競泳水着。


「な、なに……コレ?」


「私たち仲間になるんでしょ? 一緒のパーティーならコレを着て、その方が安心できるから」


 その……今日一番の笑顔でこっちを見るのやめてもらっていいですか?


「わ〜、ありがとうございます!」


 ラーツィア、それ恩恵で作り出してるから魔力がなくなれば消えるからね。


「……」


 でもって師匠はなぜ無言で受け取るかな。

 もしかしてそれ着るの?


「はい、貴方にも」


 ヴィルジニーの差し出す競泳水着は明らかに女性用のものだ。

 強要はしてないって言ったじゃないか!


 ソロなのは絶対これが原因だろ!?


 オレは大変な奴をパーティーに誘ってしまったかもしれない。


 だが、終始笑顔を浮かべているヴィルジニーはこのやり取りすらも楽しんでいるようだった。


 それだけでオレまで救われたような、そんな気がしていた。

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