第三十五話 吐露


 失うのが怖い。


 オレは思わず自身の内面を曝け出していた。

 

「なに?」


 師匠は怪訝な顔でオレに問いかける。

 そうだよな。

 弟子がこんな情けないことを告白しだしたらそんな顔にもなる。


 眉間にしわを寄せ目を細める師匠の方向を見ることができない。

 オレは顔を伏せたままその理由を吐露していた。


「だって……やっと、やっとオレを見てくれて認めてくれる人たちができたんだ。魔物だって倒せるようになった。金だって見たことがないくらい稼げるようになった。まだ不安はあるけど未来に希望を持てるようになってきたんだ。それなのに……ヴィルジニーが加わったらそれが……崩れてしまうようで怖いんだ」


 自分でも馬鹿な告白だと思う。

 失望され、呆れられてもおかしくない。


 でも本当なんだ。


 ラーツィアと師匠と出会った時、オレの鬱屈した時間は終わったように感じた。

 自由に向かって踏み出せるように感じていたんだ。

 

 それが、その幸福な時が崩れてしまうようで……オレは怖かった。 

 

「変化が怖いか……」


「アル様……」


 師匠の言う通りだ。

 変化を望んでいたのに、いまは変化を恐れている。


 二人の顔を見上げられなかった。

 顔を伏せ嘆くことしかできなかった。

 それが、情けなかった。


「アル様……わたしはアル様ならヴィルジニーさんが加わるのを認めてくれる、そう信じています」


 ラーツィアは笑顔だった。

 嘆くオレの手を取り両手で包む。

 そこにはぬくもりがあった。


「なんでだ……ラーツィアも聞いただろ。オレはいまみたいに情けないことを考えて……」


「だって……アル様は困っている人を放っておけないですから」


「違う! オレはラーツィアを師匠を助けたのは……偶然なんだ。たまたま上手くいった。それだけなんだよ……」


 オレの手を優しく包み込むラーツィアはそっと首を横に振る。


「いいえ、アル様が助けて下さったのは偶然なんかではありません」


 目と目が合う。

 ラーツィアは澄んだ眼差しで見てくる。

 堪らずオレは目を逸らす。

 そんな資格はないと思っていたから。


「アル様はわたしたちを助けてくれたあの時、本当は見捨てても良かったんです。いえ、自らの幸福を考えるなら見捨てて逃げるべきだった」


「それは……」


「そうです。わたしをオーガの前から颯爽と抱え上げて下さったあの時から、アル様が見ず知らずの他人のために命を賭けて戦える方だとわたしにはわかっていました。その心根が善良で慈愛に満ちた方だと……」


 いつの間にか伏せていた顔を上げていた。

 しかし、ラーツィアは哀しそうな顔で続ける。

 それは懺悔にも似ていた。


「わたしが不躾にも匿って欲しいとお願いしたのは、アル様に助けられたからではありません。貴方様が信頼に値する方だから、決してわたしたちを見捨てないと確信していたから。……だからわたしはアル様のその善良なお心に縋ったのです。貴方様をわたしは利用した」


「違う! それは違う! オレが救ってもらったんだ! オレが――――」


 オレの言葉は最後まで紡がれなかった。

 師匠がオレを見る真剣な目にそれ以上は話せなかった。


「バステリオ……いや、アルコ。私も姫様と同じ気持ちだ。お前が姫様を救い出し、あの残忍なオーガを一顧だにせず撃破した時……私はお前という男が目に焼き付いた。こんながむしゃらで無鉄砲で――――不敵に笑う奴がいるのかと。だから姫様共々お前の元に世話になることを決めたんだ」


「……」


「お前は自分のことを卑下するが、わたしはお前の事情を知った。だから……気持ちは推察できる。だがな、ヴィルジニーを、あの変態女を私たちの仲間に入れることはお前のためでもあるんだ」


「オ、オレの……?」


「わたしたちだけではお金を稼ぐにも限界がある。……そうですよね?」


 ダンジョン攻略は安定している。

 だけど土地の代金のためにはより一層稼ぐ必要があるのは確かだ。


「実はレオパルラと相談していました。わたしたちには防御役が足りないのではないかと。そんな方さえいればもっとダンジョンの奥深くに潜りお金を稼ぐことも可能ではないかと」


「それ、は……」


 オレの恩恵も、ラーツィアの魔法もまだ発展途上だ。

 師匠の剣技も守りより攻撃が得意なのは、最近の鍛錬を通じてなんとなくわかってきていた。

 確かに防御の手は足りていない。


「アル様、わたしたちに……貴方様の手助けをさせて下さい。貴方様の優しさを利用しているわたしたちを、貴方様の目標のために利用して下さい!」


 叫んでいた。

 あのいつも朗らかな笑顔を浮かべていたラーツィアが、顔を歪ませて苦しそうに。


「本当は探し人なんてどうでもいいんです! 帝国に見つかったとしても構わないんです! だって、だってわたしはアル様と出会えて嬉しかった。こんなにも素晴らしい人がいるなんて、古城でただ幽閉される日々ではわからなかった! ですから、わたしたちはアル様の目標のために一緒に進みたいんです!」


 オレが一方的に助けられたと思っていた。

 二人はそんなことを思ってくれていたのか……。


「でないと不公平です。わたしたちは仲間なんですから……」


「バステリオ。お前があの女はどうしても無理だというのなら私たちも諦める。……だがな。お前もわかっているんだろ? お前は目の前で困っている相手を見捨てられない。それが自分を助けてくれた相手なら尚更だ。そして、あの女は誰かの助けを求めている。そうだろ?」


「アル様、どうか恐れないで。わたしたちも貴方様と同じ気持ちです。何かの変化でこの幸福な時間が失くなってしまうかもしれないと考えると恐ろしい。でも、アル様の幸福がわたしたちの幸福でもあるんです。ですから、どうか勇気をもって一歩前に踏みだして……わたしの勇者様」

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