ポッタースフィア03
アルビオン惑星系植民政府が管理していたポッタースフィアの一つ。
生体工学や遺伝子工学の発展と発生学の進歩、そして量子コンピューティングの併用による非観測領域の擬似時空制御が可能になったことで、ポッタースフィアという鬼子は次元世紀の世界に産み落とされた。人間の認識自体をもシュレディンガーの箱の中に閉じ込めた完全閉鎖系は、社会学・生物学の領域に対して、齎されてはならない福音を齎したと言える。
本施設は、その福音が最悪の形で利用されたケースとして知られており、後に次元連合統合科学機関の総会で採択された「科学倫理に関する世界宣言」にも、同宣言に関する議論が始まった原因である「中原惑星系時空実験」と並んで、絶対に禁忌とされるべき事例として取り上げられている。
例えば、P5という研究対象の都合上、制御システムの稼働条件には、被験人類自体に対するポッター式超能力開発課程を強制することが組み込まれており、まずこの時点で、スフィア内の被験人類に対する重篤な人権侵害および生命活動への加害が発生することになる。
また、本施設は完全公営ではなく民間資本による出資を伴う半官半民の運営形態を持っており、中でも大規模な出資を行っていたベンサム・ラボラトリー社は大きな影響力を持っていた。
同社は、様々な「(少なくとも運営開始当初は)合法ではあるが倫理的に問題のある」研究事業を多数推進しており、その影響もあって、本施設でも多数の倫理的課題の多い社会実験を取り行っていた。その最たる例が、閉鎖されたコミュニティにおける思想の植え付けとその手法・形態についての研究である。
人民寺院やオウム真理教など、固有のコミュニティを形成してその内部で強固かつ独自の信念を共有するカルト宗教の在り方は、次元世界開拓の過程で生じ得る「既存コミュニティから切り離された長期間の開拓生活」 に適合する社会共同体構築に資する部分があるのではないか、という提起自体は、次元世界進出最初期にわずかながら存在していた。
が、それを社会的に再現する実験は、当然ながら倫理面の問題によってこれまでことごとく抑制され、実現の目を見ることはなかった。ベンサム社は、ポッタースフィアという環境においてであればそうした制約を回避しつつ関係する実験を実現可能であると考え、更に行動に移したわけである。
本施設の主目的である超心理学的研究と組み合わせて、ベンサム社は、スフィア内の社会に対し、ESP・PK現象の発現者を軸とする固有の教義を持った宗教を創造し、超能力研究自体を宗教行為の一環として合目的化することで、アルビオン政府の思惑と合致する形で研究を推進できると売り込んだ。そして、当局はこれを受け入れ、スフィア内社会全体での実験が実際に行われたことが、残された資料から判明している。
しかし、擬似時空加速による時間経過は社会内でのカルトの活動を先鋭化させ、本来禁則処理によって排除されるはずのスフィア外への関心を被験人類に発露させてしまったことと合わさり、PK現象の大規模化による「世界の壁」破壊という異常事例を出来させることになる。
結果として、ポッタースフィア03の設置されたアルビオン惑星系第2惑星ロンディニウムは、時空隔離の強制解除によって引き起こされた大規模な時空断層に飲み込まれ、同地のコロニーの7割が崩壊・機能停止する大惨事に見舞われたのである。
この大事件の発生の責任、そして何より、たとえ合法であろうとも人倫を無視した研究を断行した事実への追及により、アルビオン政府はその行政権を失陥し、惑星系は本国である英国の直接統治下に置かれることになる。また、ベンサム社は、出資によって経営に関与するまでの過程に、政府に対する贈賄等の犯罪を行っていたことが発覚し、安全配慮義務への違反などを事由とする刑事罰を関係者が受けるとともに、事故発生による死傷者やその家族への賠償支払いを経て倒産。その後も多数の人道的な問題のある実験の存在が次々と明るみに出ており、いくつかの事件に関する裁判は現在も進行中である。
☆☆☆
「主よ、あなたは我らに導きを遣わしめた。主よ、あなたは我らに恵みを遣わしめた」
「故に、我らはあなたの御心に報いよう。世界の果てを超えた先に、あなたの世界があるというなら、我らはそこへと向かおう」
「聖なるかな、ベンサムの御名! 聖なるかな、ベンサムの御名!」
――――D.E.0003/04/21 ポッタースフィア03内部の記録映像の断片的な復元より
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