重ね義

源典、特に固有源典において、その源理の効果を拡張するために用いられる技法の一つ。ある源典の名称に、何かしらの形で別の名称を併せることで、源理者自身の源理に対する認識を拡大し、規模の拡大や効果の増大、もしくは変質という結果を齎す。

根本的に源理という作用が人間の認知機能に依って立つものであることを利用したものであり、謂わば「一つの源典に名前を介して複数の意味=源理を付与する」技法であると言える。

その性質上、文字それ自体に意味がなく、付帯する発音によって語彙を特定する表音文字を採用する言語文化圏では、源典使用時の口頭詠唱に際し同一の語彙の意味二重化を表現する方法に乏しいことから、二重表意を利用した事例が散見される程度。

逆に、意味と音の乖離を許容する表意文字を採用する言語文化圏では、本来の名称に対して振り仮名的に重ね義を用いるという形で二重化を表現・認識することの難易度が低いことから、かなり広範に用いられている。

本邦については、仮名および真名を用いた言語体系を永年に渡り用いてきたことから、上記二種の中間のような立ち位置にあるものの、詠唱圧縮とその自由度の都合上、どちらかといえば後者のような振り仮名的運用を行う源理者の割合が高いようである。


そも、源典という能力の発見と源理という作用の制御に関する国家的な追究がなされるようになったのは、ここ数十年ほどの話である。諸王国盟邦連西部における狂信異教「天津遣」の武装蜂起、所謂払霧事件がきっかけとなって各国政府に極秘裏に認知されるまで、それらは主に、民間の秘教関連組織において細々と秘伝として継承されてきた。

それが国家体制に組み込まれるようになる過程で、非協力的な集団は秘伝に関する資料を破棄、場合によっては関係者の集団自殺によって機密を保持することを図ったため、現時点で源典に関する様々な知識は散逸した状況にある。

そんな中で復元できた、数少ない伝統的技法の一端がこの重ね義であり、本技法による源典への影響に関わる記録は、今後更なる源典・源理への理解を深めるために重要な資料となることが予想される。

こうした経緯から、本邦における重ね義の利用は各秘教機関において積極的に推奨されており、実際に多くの源理者は重ね義を積極的に用いて源典を改良している。

中には、振り仮名として定義した文字列にさらに振り仮名を当てるなど、奇抜な発想を行う者もいるようだが、口頭詠唱においては通常の重ね義と違いが見受けられず、意味はないものと判断されている。


☆☆☆


「貴様、またそんな適当なことを言っているのか。大衆小説から名付けるなどと、そんな破廉恥な」

「いや待て、そう目くじらを立てるな。それにな、ではかつての民草にとっての大衆小説のようなもんだった草子物から名付けるのはダメということにはなるまい?」

「それは主上がお認めになったものだから良いのだ。それを履き違えて……」

「わぁ、待て待て。全く、貴様は本当に融通が効かんやつだ……」


――――街角の会話から

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