大魔導器時代、或いは詠唱学の興亡

Emb.式

有意な図像の組み合わせによってその魔導効果を決定する魔導定義式。今日においては、ごく一部の古代遺産における魔導陣維持の目的を除いて使用されていない、ほぼ廃れた方式であると言える。

その最大の特徴は、描写された図像に付加された「意味」を幾重にも重ね合わせ、且つそれを発動者に鮮明且つ強力に想起させることで、消費する魔力からは考えられないほどの極大規模の現象を引き起こせる点にある。

後発の体系的定義式と比較すると、発動者には魔導陣製作者とほぼ同質の芸術的感性、またはそれに等しい考察を可能とする芸術の知識を要求する点から、製作自体の難易度もあって安定した大量運用には向かない。

一方で、紋章師と呼ばれた職人的技能の保有者によって製造・運営されていたそれは、記録が確かであれば、現代最新のSent.式を凌駕するほどの効果を発揮できたという。

但し、大きな欠点として、図像を魔導発動の媒体とする都合上、発動者が認識できないほどまでに図像の大きさを抑えることができず、大規模であったり有用な効果を持つ魔導器であるほどその本体が肥大化することが挙げられる。

歴史上実在が確認できる範囲では、ヌフォーユのメテケ・ケ・ネ宮殿に代表されるような、建造物に配置される諸芸術的図像全てが連動することで構成される「宮殿術式」をその最大の例としてあげることができるだろう。これらの術式は、非常時において宮殿そのものの環境を外部から独立した形で維持する緊急避難に係る仕組みの一種であったが、宮殿魔導士に課せられた緊急発動のための記憶鍛錬が数年に及んだという記録があるほどに複雑且つ大規模であり、個人単位での平易な利用など望むべくもない。

こうした魔導器およびその運用体制の巨大化傾向は僅か数百年前まで継続しており、状況の変化は、発音媒体による定義を成功させ魔導器全体の空間占有率を大幅に引き下げたLang.式の登場を待つ必要がある。


本定義式は、初めて魔技および魔現象の体系化が図られた1500有余年の昔、南方世界で開発されたものであり、同地が広範に芸術活動を支援する文化的素地を持っていたことは、その開発経緯と無関係ではない。

即ち、それ以前の個人的技能としての魔技に端を発し、その効用を器物に封じ込めて魔導器(かつては「封魔器」などと呼ばれていた)として利用するための試みは、魔の概念発見以降人類の営為として続けられてきたわけだが、魔導器の媒体として一種の図像及びそれを内包する芸術品が適していることは、早い段階から知られていた。

それが産業として大成しなかったのは、図像と魔現象の間にある具体的な関係性が学術的に証明されてこなかったためであるが、ともあれ、「芸術あるところには魔あり」という言葉が広く流布していた程度には、両者は密接な関係を持っていたし、その経験的事実も魔技士の間では共有されていたのである。

必然として、芸術の盛んな南方世界、ことに魔技士を積極的に受け入れていた第二帝政ヌフォーユには魔の探究を続ける人々が集っており、彼らの努力が結実したのが、Emb.式だったのである。

「魔技とは創造力であり、魔導とは想像力である」との言葉で表現される、所謂魔導定義第一原則はこの際発見されたものであり、魔技によって形成された魔現象を何かしらの形で保存し、それを後から再認・想起することで他者に再現させることができる、という原理の発見は、魔導という新たな概念をこの世に作り出すことになる。

これ以降、職能集団としての魔技士帯束は魔導士帯束と名を変え、魔導定義にまつわるあらゆる情報と魔導陣刻印に掛かる創作の具体的技術を、第二帝政ヌフォーユという権威のもとで秘匿・独占。

その庇護下で数多の芸術的魔導器を次々と生産することで、帝国の発展に寄与すると同時に、煌びやかな後期ヌフォーユの物質文化を形成していくことになる。今日においても華やかなりし絢爛の時代としてしばしば語られる、第一次魔導時代の開幕であった。




☆☆☆


一人一人が繰り返し同じ魔を作るという非効率は、最早終わりだ。

作られた魔を記録し、これを導きとして再び魔を為す。

我々は、この新たなる魔の在り方を、魔導と呼ぶことにした。


――――『魔技・魔導史資料集成 2巻』、「ガドハク・ジジの宣言」より抜粋(現代語訳)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る