事例-暃-0455「隠」

非特異性社会における能動的な“M-IRUS”に対する接触インシデント。M-IRUS暴露深度は-0.5ソシュールであり、最終的な社会に対する影響はほぼないと呼べる範囲ではあったが、現在進行中の秘匿防災教育による課題を浮き彫りにした点で特筆すべき事案であった。

インシデント対象の語彙は「隧道」、感染株は「隠匿型M-IRUS03号A種」。石川県下の〔編集済〕隧道にかかる情報を初期の媒介として発生した、恐らくは自然発生的な感染事例である。最終的な被害は極微少なものであったといえ、当該隧道に接触した非特異性市民35名の“一時的失踪”のみに留まり、一部の暴露者に栄養失調があったことを除き傷病者及び死者は存在しなかった。文化事象を介して暴露者の認識から感染対象実体を隠匿するという特性から、被害の判明自体が遅れはしたものの、株そのものの特性として暴露者の最低限の生命維持に大きな支障がなかったことは不幸中の幸いである。また、感染性自体が低い株であったことから、隣接語彙及び概念への波及がほぼ見られず、隠匿範囲が限定されていたことも、事象認識後の史部による特定を早め、被害を抑制できた要因であった。

しかし、他方でこのインシデントを通じ、「元々存在していた〔編集済〕隧道に関する伝承中の物語素」が、M-IRUSの特性とは無関係にその感染拡大に寄与してしまった事実と、そのような事態を抑制するために行われてきた秘匿防災教育の実効性に対する疑義が明らかとなった。即ち、本インシデントの発端は、当該感染対象に纏わる怪談話を当てこんだ地域住民による「肝試し」にあり、そうした事象への関与を禁止または強く否定する教育方針は、ある種の「カリギュラ効果」を引き起こして寧ろ関与欲求を強めてしまう可能性を内包していたのではないか、ということである。

現在の日本では、55年後に予定されているM-IRUS関連事象についての指定機密解除に合わせ、国民全体に対して文化災害の実在を少しずつ受容させる方針のもとでの事象暴露耐性強化が進められている。その前段階として、全ての義務学校教育過程では、“M-IRUSとの関与機会制御”を目的とした異常事象への忌避感植え付けが行われている。しかし、単なる忌避感の定着だけでは、禁止行為に対する反発、すなわち心理的リアクタンスによる関与欲求の増大が生じ得るという危険性が、この案件を通して改めて認識されることとなったのである。

当該インシデント以降、教育行政への干渉を司る国子監管掌のもとで、教育関係施策の再検討が進められている。来たる日に向けた日本国民の事象受容計画の見直しは、同様に今後も発生することになるであろう。


☆☆☆


「皆さん、お休みの日の過ごし方として毎年聞いているとは思いますが、改めて確認しておきましょう。はい、しっかり読み上げてくださいね。『怪しい話には近づかない!』『関わらない!』『今すぐに通報!』……そう、安全の「ちかい」ですね。しっかりこれを頭に入れて、安全に夏休みを過ごしてください!」


――――石川県立〔編集済〕小学校2年8組担任〔編集済〕氏によるホームルームの録音データ

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