時よ、神詩の果てに

第一龍砲砦/国境警邏隊基地より

ドォボ平原に在する国境警邏隊基地、その一つである龍 砲 砦ノガルデ・ヌグ・トゥロフ。島の西部より攻め寄せる怪異の群れに対する防衛拠点であり、同時に、共和王政エルシィの守護者とも言える兵器に与えられた一種の称号でもある。

6387年の旧帝国の崩壊以後、都市国家が乱立していた大エルシィ島タイルー・エルシィ東部では、7554年に起こった怪異の本格的な出現まで、同族で血を流す無為を長らく繰り返していた。それは、主要な大陸から離れ、怪異戦争を対岸の火事として眺め続けていたこの島に特有の現象であったと言えよう。それでも、約1200年の闘争で倦み果てていた国家は、眼前に迫った脅威を前にして、初めて戦争を終わらせる口実を手に入れることができたのである。

しかし、大陸に遅れること2000年。漸く怪異戦争を始めたエルシィには、大前提として、そのための戦術と装備に致命的な不足があった。

強武装された戦士と、それを魔芸アイガンで支援する導士からなる戦闘単位ヤトゥラが、繰り返し敵の戦闘単位とぶつかり、決着がつくまで争い続ける。旧帝国式の軍制と、それを前提にした戦術(というよりは最早儀礼作法)を未だ引きずっていた当時のエルシィにとって、雲霞の如き大群で押し寄せ、個々の弱さをものともせず攻め続ける怪異は、未知の強敵であった。個別の戦闘では勝てても、一つの戦闘単位が勝つ間に他の群れが目標となる街や砦を襲い、戦術・戦略的には完全に敗北していた。

これを防ぐためには、多少弱くともとにかく一定以上の数を持った戦力、即ち「兵士」の養成が必要であったが、伝統的な師弟制度による一子相伝の「戦士」「導士」育成にのみ特化したエルシィの社会では、兵士の役割を持ちうる民の徴用も、その民に持たせる装備の生産も全く追いつかず、少なくとも最初期の戦闘においては、戦士と導士が数の差に押し潰されて死ぬのをただ見ているしかなかった。

こうした事態に対応するために、王統府では、長期的施策としての軍制改革と産業拡大を、大陸連合から支援を受けつつ進めることが直ちに決定されたが、短期的対策として、怪異の数を現状の軍でも対応可能なほどに減少させる広範囲攻撃手段の確保が提唱された。その結果生み出されたものこそが、当時国内にいた全ての導士が協力して作り出した職人芸的魔芸の結晶、龍 砲ノガルデ・ヌグである。

「精密に誂えられた図像には、象っている物の力が宿る」という魔の基本原則を徹底的に追求し、龍の形を極限まで再現して作られたこの巨大な像は、導士が一日に発揮し得る導力を消費し尽くすことと引き換えに、まさしく龍の発するそれと遜色ない炎の息吹を投射することができた。

龍の息吹に耐えられる生物はこの世界に存在せず、当然その力は怪異にも通用する。接敵前に龍砲によって押し寄せる怪異達を薙ぎ払うことで、辛うじて既存の戦闘単位のみでその侵攻を防ぐ手段が確立された。こうして確保された貴重な時間を費やし、エルシィは急速な革新を進め、今日の共和王政体制の基礎となる社会基盤・技術を獲得していったのである。

無論、すっかり大陸流の軍制への移行が完了した現代に至っても、この芸術的兵器は現役である。ここぞという場面において、怪異達の群れを薙ぎ払う砲撃兵器として活用されることは勿論、龍砲自体の護衛を兼ねて作られた国境警邏隊基地の象徴として、平時は鎮座している。

これには、かつて龍砲を運用するために導力を費やした導士達を「戦いもせずに倒れたもの」として蔑み排斥した過去の過ちを記憶に留めるという、ある種の記念碑としての意味合いも含まれている。


☆☆☆


エスレヴィヌの賜物、誉れある勇士を忘るる勿れ。


――――第一龍砲砦、龍砲の尾部に刻まれた文言。

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