第28話
今まで、黒い魚影団がどうやってリウ・グウのセキュリティを突破してきたのか。
それを突き止めた者は誰もいなかったし、それが幾多の悲劇を生んできた。
だが今、その答えはミクモの眼前にあった。
……人工海水浴場の東端。人気のない浜辺。
その砂を少し掘ったところに、不自然な「扉」が地下に繋がるようにして設えられており、粗末な作りの階段が闇の底へと続いていた。
ミクモが背中を小突かれ、一瞬反抗の眼差しを浮かべたものの、間を置かずに闇の中を自暴自棄気味に歩き出した。
階段を下った先広がっていたもの。
それは果たして、巨大な発着ドックに似た構造体と、それを擁する空間だった。
……随分と古い時代に建造されたらしく、ちょうど地下潜水艦発着用のものに似ていたが、あちこちの壁面は崩れ、一部に至っては殆ど自然に還りかけていた。
そして、目の前には。
いつか見た、黒い魚影団の潜水艦。
「乗るでヤンス」
その言葉は、無造作にミクモの鼓膜に投げかけられた。
ミクモは最早、クレアボーヤンスの言葉に抗わなかった。
WONDERRAVEも起動できず、アンフィトリーテの助手としても最早不要。
自分の価値をそのように結論した少年には、もはや何も拒否する理由はありはしなかった。
……だが、どういう訳かクレアボーヤンスの眉間は、さらに渓谷のように深まるばかり。
まるで、牙の抜かれた猛獣を見ているかのように。
◆
……潜水艦が発進し、機体が外海へと躍り出る。
ミクモはクレアボーヤンスによって直々に船長室へと連行され、他の団員達も素直にその方針に従った。
ミクモが部屋へ入ると、クレアボーヤンスは連行役の部下に「ご苦労でヤンス」とだけ声をかけ、あとは二人きりにするように言いつけた。
「まあ、そこの椅子に座るでヤンス。あんさんはあくまであっしが招いた客人。船の中で暴れるような事さえしなきゃ、痛い目に遭わす気はないでヤンスよ。今はね」
……二人きりになった途端、クレアボーヤンスがふと、全身から殺気を抜くようにしてそう声をかけた。
ミクモが静かにその顔を見た。返事のないままに。
かたやクレアボーヤンスは静かに苦笑すると、ミクモの背中側の襟首をひょいと軽くつまみ上げ、そのまま部屋の奥へと歩いていく。
……そして、最奥に設えられていた椅子のひとつにミクモを無理矢理に降ろすと、自身はその向かいにある一際豪奢な椅子へと座り込んだ。
随分と使われていないのか、埃と黴の臭いが舞った。
「……オレなんか攫ったって、もう何の価値もないよ」
ミクモが静かに呟く。ささやかな抵抗めいた挙動に、クレアボーヤンスの目が僅かに輝いた。
「どうだか。本当にそう思ってるヤツはそう言わないでヤンスよ。期待してるんじゃないでヤンスか、"そんなことはない"って言って貰えるのを」
「……」
無言で唇を噛んだミクモの表情を見ながら、クレアボーヤンスは静かに微笑むと、すぐ側に置いてあったワイン瓶を開け、グラスにも注がずに直に煽った。
「あんさんを連れてきたのは……あー……そうでヤンスねえ。どこから話したらいいものか……」
1分ほど考え込んだ後、クレアボーヤンスは突如として顔を上げ、切り出した。
「ま、迷った時は単刀直入。これこそが人生の荒波を切り開くコツでヤンス!
そうでヤンショ、アイクル?」
……突如知り合いの名を呼ばれたミクモが顔を上げ、自身の端末が没収されていない事に気付いた。つまり。
「アイクルはあんさんの状態も把握してたでヤンスよ、ずっとね。
そしてあっしがあんさんを連行したのも止めなかった。
理由はひとつ……あいつは、半ば諦めかけているでヤンス。リウグウの全てを」
……ミクモが唖然とする。
意味が解らない、といった内心の感情そのままに。
「アイクル……いや。
その小娘はちょっとばかり度胸がないところがあるでヤンスからね。
きっと、どこかでこの話をしないといけなかったという自覚はあった。
でも、ついに今の今まで出来なかった。
あっしは古い知り合いだから、そういうの解り切ってるでヤンス……多分」
けらけらと笑いながら、クレアボーヤンスは静かにグラスを取り出し、そこに酒を注いだ。そして、無言でミクモの前に差し出した。
……ミクモは手を付けない。
それを気にすることもなく、クレアボーヤンスは突如として、恐るべき言葉を告げた。
「リウ・グウは終わりかけている。もしそう言ったら、信じるでヤンスか。
ミクモ・コーラルスター」
……ミクモは、ひとまず言葉の意味を30秒かけて反芻した。
次に、反芻した言葉の意味を自分なりに解釈し直した。
……何度考え直しても、意味が解らなかった。
リウ・グウが終わりかけているとは、どういう事だ。
確かに黒い魚影団の襲撃以降、残っている傷跡は大きいが、それを意味しているのか。
「……まあ、あっしも全部覚えている訳じゃないでヤンスがねえ。
好き勝手するついでに、そのうち何処かであっしらが言いふらしてやるつもりだったでヤンスが――」
そう言って、クレアボーヤンスは一呼吸置き、その瞳を一度閉じた。
まるで――まるで。
人の身では背負いきれないほどの。
悠久の過去でも、追憶するかのように。
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