第17話
「……なんだ、ここ」
ミクモの率直な言葉は、その光溢れる空間の中へと溶けるように吸い込まれ、柔らかく消えた。
先程までの、輝安鉱に酷似した壁面とはまるで異なり、
そこに広がっていたのは、白銀を基調とし、床面は艶のある黒で設えられられた、機械の庭園めいた光の空間だった。
「【謁見の間】だよ、ミクモ君」
陸洞が穏やかにミクモに語りかけ、一行を先導した。この異様な風景を見慣れていることを誇示するかのように、その足取りは極めて緩やかだった。
「我らが普段暮らす各居住区は、リウ・グウという巨大な機構の上層側に位置している。ここは下層側さ」
「下層?」
「ああ。居住区はあくまで住民の生活圏として設計されたもの。下層部はそうではない。それはリウ・グウを運営する為の設備・構造・機構が隙間無く詰まった、謂わば世界の内臓だ。人が内部に存在できるスペースなどほぼ皆無に等しい。そして、ここが最後の例外だ」
陸洞が光の庭園を歩いていく。それにミクモとアンフィトリーテ達が続いた。
「ここはリウ・グウ運営の最終決定を担う存在とのコンタクトを目的とした空間だ。周囲に浮いている銀色のプレートは全て何らかのメモリさ。この世界が始まってから今まで続いた何らかの歴史が、あそこに記憶されている」
「……えっと、それって……リウ・グウの『神様』って事でいいのか」
ミクモの言葉に陸洞は振り返り、深い皺が刻まれた顔をくしゃくしゃにして朗らかに笑った。
「色々と飛躍はしているが、本質を捉えた良い比喩だ!
さあ、この先に『神様』はいる。この世で唯一、人が接触できる神様がね」
……光の庭園の中央、床面から一本の奇妙なオブジェクトが柱めいて伸び出ていることにミクモは気付いた。
高さは丁度、陸洞の腰より少し上あたり。上面には小さなパネルが設えられており、赤色に淡く発光している。
陸洞がそこに掌を合わせた。
そして、何かを読み取る音が柱の内部から聞こえた。
【生体識別登録番号:193782292。戸籍登録名、陸洞行派。他6名についてはゲートセキュリティによる簡易認証を以て確認。以降、モニタリングによる捕捉同定を行うものとします。ようこそ、謁見の間へ】
……無機質な、女性の声。
同時に柱が床へと沈み、代わりにその場に立体映像が投影された。
幾多にも重ねられた光によって織り成されたその姿を見て、ミクモは呆気に取られた。
……神様というのだから、少年が想像したのは、白い衣に身を包んだ女神といった風の神聖な姿だった。
そこにいたのは――まるでアニメーション・キャラクターのような、デフォルメされたグラフィック。
しかも、その姿は無機質な声から想像した女性としてのものですらない。
ミクモにも、それが何をモチーフとしてデザインされたかがすぐに解った。
……クラゲ。
大きくて愛らしいつぶらな瞳を瞬かせながら、空間を水中かのように泳ぐ、クラゲのアニメーションがそこにはいた。
『……スキャン完了。ただ今を以て、ゲスト7名の同定を完了――よくおいで下さいました、陸洞行派総司令。
アンフィトリーテ・パンドラボックス博士。ミクモ・コーラルスター名誉博士。そして護衛の方々』
クラゲが先程の声で挨拶し、愛らしくターンした。
『私は生体識別登録番号:000000001。現状、かつての肉体は遺伝子のみが保全すべき資料として残されているのみですが、このリウ・グウ最初の市民。
そして今は、リウ・グウ運営オペレーションシステムのメインAIを務めるもの――
Artifical Intelligence Unit with Ryu-Gu Running system.
通称 "A.I.C.U.R.U"――アイクル、とお呼びください』
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