第12話
「……アルベリオ・サンダル……!?」
眼前の無防備そうにしている青年から出たその名を、アンフィトリーテはさも信じられない事を聞いたような様子で反芻した。
ミクモが正規軍の「護衛」二人の様子を通信から伺う。
……そして、空気だけで理解した。彼らもまた一様に驚愕している。
「……ええと、有名な人?」
ミクモが怪訝そうに聞いたが、護衛のふたりからの反応は無かった。
代わりにアンフィトリーテが息を整え、混乱する脳髄を奮い立たせながら、低い声で返答をした。
「……有名だよ。むしろ名前しか知れ渡っていない。目の前の彼が本人なのかも疑わしい程度には」
アンフィトリーテ専用の紅いランドコズミーが、片手に設えられたコンバットシザースを静かに件の青年に向ける。
青年は抵抗せず、ただ両手を上に挙げて無抵抗の意思表示をするのみだった。
……ミクモにも説明してやれ、という意味だと把握したアンフィトリーテが、続けて口を開いた。
「……トーマ・アルベリオ・サンダル。
私達が載っているコズミーをはじめとした、数多くの優秀なアームヘッドを開発・生産している軍需企業『AA(ダブルエー)社』のCEO……厳密には違う立場だが、まあ簡単に言ってしまえば所謂社長、ボスだよ」
「……どうしてみんなそんなに驚くんだ?会社の社長さんなら別に……」
「ああ、普通はそうだ。だがアルベリオ・サンダルは違う。彼はこれまで表舞台に姿を現して来なかった。リウ・グウ正規軍の装備も多くがAA社製で、彼がいなければ軍は成立しないレベルだ」
「……AA社は古くから存在する企業なのだ、ミクモ君」
アンフィトリーテの言葉を継ぐように、護衛役のひとりが口を挟んだ。
「トーマ氏がCEOに就任したという発表が同社からあった事すら、既に30年以上前だ。つまり彼は若く見積もっても50代程でなければ計算が合わない。だが……」
ミクモがそこで視線を前に戻し、機体の足下に立つ青年を見やる。
……印象はどう見ても20代、少し多めに見積もっても30代前半のようにしか見えない。
肌も艶があり、腰は真っ直ぐで、表情も若々しい。
「……若い、よな」ミクモが確認すると、全員が無言で肯定した。
「……貴殿がAA社CEO・トーマ・アルベリオ・サンダルである証拠を見たい」
アンフィトリーテが疑い深い声音で言うと、トーマを名乗る青年は困ったように肩をすくめた。
「……仕方ないなあ……こういう事はセキュリティ的にあまり良くないんだけど……」
そう言うと、青年は静かに右手を挙げた。
……右手の指が閉じられ、中指・人差し指・薬指の3本だけが開かれる。
「3」を意味するジェスチャーをしたかと思った次の刹那、青年の指が翻り、人差し指と中指だけになる。「2」。
……残り1秒。青年の薄い目が開け放たれ、その奥に潜んでいた漆黒の瞳が全員を捉えた。
「0」。
……その瞬間、その場で青年を囲んでいたコズミー全機が突如として動きを停止した。
機体と精神のリンクが途切れる感覚に吐き気を催したアンフィトリーテがどうにか立ち直り、急いでシステムの再起動を行おうとしたが、モニターがブラックアウトして操作を受け付けなかった。
「……コズミーを卸しているのは僕の会社だってのはさっき説明があったよね?
システムにいきなり外部から横槍入れるなんて、作ってる大本じゃなきゃまず難しいと思うんだけど、どうかな」
青年……いやトーマ・アルベリオ・サンダルが再び笑顔を作り一度だけ指を鳴らすと、全機が再起動した。
「……まだ年齢が合致しないが、奴がこちらの機体に干渉できるのは事実らしい。ここは様子を見る」
アンフィトリーテが小声でミクモにそう伝えると、護衛ふたりの機体が静かに武器を下ろした。
「……それで、ミスター・アルベリオ。今宵の貴殿の要件をお聞きしたい」
「あーうん!やっと本題に入らせてくれるんだ、うれしいな!」
トーマが嬉しそうに胸元からメモを取り出し、わざとらしく読み上げるようにした。
「えーと色々あってね、まずは……アンフィトリーテ博士とミクモ君、じゃない方!正規軍の……護衛さんかな?」
呼び掛けられた二機が返事をしようとした瞬間。
それらの機影が、その場から "消え" た。
アンフィトリーテとミクモが即座に気付き、二機の姿を探すが、周囲にない。
……ふとモニターに目をやったアンフィトリーテが、レーダーに奇妙な反応があるのを見つけた。
二機の友軍信号。
……上空に。
ミクモとアンフィトリーテが、空を見上げる。
そこには、遙か数十メートル上から、まるで何かに投げ付けられたかのように高速で大地に迫るふたつの機影があった。
それぞれが回避行動を取る。
受け止めるなど到底不可能なほどの大質量の高速落下。
……果たして、それらは轟音と共に落着した。
「僕は呼んだのはアンフィトリーテ博士とミクモ君だけだ。
人様の予定にいちいち出歯亀すると嫌われるよ」
……粉々に砕け、もはや原型すら解らなくなった程の二機のコズミーだったものを見ながら微笑むトーマに。
ミクモとアンフィトリーテは無言で全言撤回し、武器を向けた。
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