第9話

「……へえ、これは重畳でヤンス」


吹き飛ばされたTHOUSANDACTORが、重い金属同士が擦れる重低音を響かせながらその上体を起こした。

ふたつの真円ゴーグルめいたカメラアイが、確かに白黒の機影……WONDERRAVEの姿を捉え、クレアボーヤンスにその姿を伝える。

「つまり……」

瞬間、THOUSANDACTORの反重力コアが唸り声を上げて発光!緑の機体は凄まじい速度でWONDERRAVEに迫り、黄金の槍による必殺刺突を敢行!

咄嗟に回避し、槍を押さえ込んだWONDERRAVEとTHOUSANDACTORの頭部が額で衝突し、ぎちぎちと水中で火花を上げた!

「そいつ一機潰せば、二人とも殺せるでヤンスね」


「いい加減にしろ」

ミクモの細い喉元から、絶対零度の氷とも、灼熱の炎ともつかない感情のこもった声が引き絞られた。

クレアボーヤンスが怪訝そうに眉をひそめた瞬間、WONDERRAVEが黄金の槍を押さえ込んだまま、もう片手に握った自身の剣を振りかざした!

「ハ!」

クレアボーヤンスが笑う!


全力で振り下ろされた刃が、その軌道の途中で唐突に停止する。

見ると、THOUSANDACTORの黄金の槍を備えた方の腕の上方、肩部分のユニットが突如として向きを変え、その先端からリニアフィジカルライフルをWONDERRAVEの手の甲に放った後だった。

……巨大な針状の弾丸は、その手の甲を貫いていた。


「うぐ……!」

ミクモが自身の右手の甲に激痛を感じた瞬間、モニターに警告が表示され、コクピット全体にアラームが響いた。

……モニターのステータス画面に「武装喪失」の文字が躍る。WONDERRAVEの右手からは、専用武装である黄金色の刃を持つ剣が滑り落ち、海底にずん、と沈み込んでいた。


「たまたま機体を手に入れただけの小僧如きに……」

THOUSANDACTORのカメラアイが閃光を放ち、槍ではない方の腕に握りこぶしが作られる!

「このキャプテン・クレアボーヤンスを……」

零距離から放たれる拳が、容赦なくWONDERRAVEの顔面に連続でクリーンヒットする!


「……倒せるとでも思ったでヤンスか!」


頭部を覆う防護用クリアフードが砕け散り、顔を仰け反らせたWONDERRAVEの黒い装甲に、THOUSANDACTORの剣のマントが無慈悲に突き刺さった。

まるで肉を抉るようにして剣を食い込ませるTHOUSANDACTORの動きに、WONDERRAVEががくがくと痙攣を起こした。


「……ぐ……ぐぐぐ、ぐううう……!」

ミクモが歯を食いしばりながら、喉奥から迸る絶叫を必死に噛み殺した。一度でも叫んでしまえば、それで心が折れてしまうと言わんばかりに。

夕焼け色の瞳の視界が霞む。意識が遠くなり始める。


「……ミクモ!ミクモ!しっかりしろ!」


アンフィトリーテの叫びに、ミクモの意識が急速に浮上!夕焼け色の瞳に再び力が籠もり、完全に自由となった両腕がTHOUSANDACTORの両腕を引っ掴んだ!

「ほう!まだ抵抗する気でヤンス……」

「黙れって言ってんだよ!!」

ミクモの怒号と共にWONDERRAVEが垂直に脚を蹴り上げる!


ばがん、という音を共にTHOUSANDACTORの顎が直下方向から打ち抜かれる!

明らかに予測を超えた速度での蹴撃にクレアボーヤンスが衝撃を感じながらも驚愕!咄嗟に思考を巡らせ、刹那に自身と同じ結論に到達する!

……反重力コアによる、抵抗減退!


「……っが……!この、小僧が……!」

「隙ありッ!」

刹那の"間"を見逃さず、WONDERRAVEがTHOUSANDACTORの両腕を掴んで放さないまま、突如両足を海底から跳躍!

次の瞬間、反重力コアと遊泳装備を最大稼働させ、両足による連続蹴りをTHOUSANDACTORの胴と頭部に浴びせかけ始めた!


「ぐおああああああ──!」


堪らず、クレアボーヤンスが絶叫!THOUSANDACTORの全身に襲いかかるWONDERRAVEの蹴りの連撃が、そのままフィードバックされて痛覚を襲っているのである!

「この、クソガキ……!放せ!放すでヤンス!」

THOUSANDACTORのリニアフィジカルライフルが発射!

放たれた針状の弾丸は、今度はWONDERRAVEの左側のカメラアイに命中!その発光が止み、ミクモが更に奥歯を食い縛る!だが。

「頼む!踏ん張ってくれミクモ!アイツさえ……アイツさえ倒せば……!」

アンフィトリーテの叫びを糧に、ミクモは感覚を失った左眼を押さえることもせず、ただ連撃を続行!


──ばきん。


水中に、確かにその音が木霊した。

ミクモも、アンフィトリーテも、そしてクレアボーヤンスも。それが何の音かを、刹那に理解した。

それは間違いなく、THOUSANDACTOR前面の、最も厚い装甲が限界を迎え、ついに大穴を開け放たれた音だった。

「まずい……!」

「行け!ミクモ!」


「……


ミクモが、不気味なまでに冷たい温度の言葉を口走った。

勝利を確信し、興奮状態にあったアンフィトリーテが、ふとミクモを横目に見た。

……夕焼け色の瞳には、怒りでも絶望でもない、ただの無慈悲のみが宿っていたことを、彼女は即座に理解した。


、ナギばーちゃんは死んだんだ。ばーちゃんの死を無駄にさせるな。今すぐ責任取って、お前は死ね」


「お前のせいで」、ではなく。

「お前さえいなければ」、でもなかった。

それが何かは解らない。だが解らないまま、アンフィトリーテは背筋に、確かに寒気を覚えた。


……続いて始まったのは、一切の容赦のない、隕石群めいた蹴りの連撃であった。


THOUSANDACTORの装甲は、破損部から見る見る崩壊し、フレームが露出してなお攻撃は止まらなかった。

人工血液が海中に溶け出し、むき出しになったフレームすら蹴りで磨り潰され、ついにコクピットにまで蹴りが届いた。


……THOUSANDACTORのコクピットが砕け散り、今度はスーツの緊急モードを起動した状態のクレアボーヤンスが海中に投げ出された。

WONDERRAVEの左手が閃き、すかさずその体を掴んだ!

「……ミ、ミクモ!」アンフィトリーテが叫ぶが、ミクモは動じない!


「終わりだ」

ミクモが殺戮機械じみた瞳のまま、クレアボーヤンスの肉体をいとも簡単に破裂させられる操縦桿を引き絞ろうとした瞬間。

……アンフィトリーテがその細い体躯に飛びつき、必至にその腕を押さえた。


「ミクモ!もういい!もう充分だ!だから……だから……!」

「まだだ。こいつは死ななきゃダメだ。そうでないと、釣り合いが取れない」

ミクモの、苛つきも憎悪も感じ取れない声音が、アンフィトリーテの鼓膜を貫き、背骨まで凍結させた。


……意味が解らない。

この少年は、先程から何を基準にして物を言っている?


「こいつは死なないとダメなんだ。死なないと、死んでいった人達がつり合わない。みんな、その為に死んでいったんだ。その為に死んでくれたんだ。その為に命を投げ出したんだ。だったら、ここでちゃんとケリを付けないとダメなんだ」


──ミクモの細腕に、まるで鬼神のような膂力が漲り、アンフィトリーテの押さえを振り切った。

そして操縦桿を握ると、無慈悲にそのトリガーを引き絞った。


次の刹那。

黒い魚影団団長、キャプテン・クレアボーヤンスは、自身のヘルメットの中に断末魔を残して、無慈悲に砕け散った。


……海中に漂う新鮮な血液の色を嗅ぎつけ、肉食魚類がすぐさまパイロットスーツの端布を残したままの肉片に群がっていく。

リウ・グウを何年にも渡って苦しめ、脅かし続けてきた怨敵の、あまりにも呆気ない末路を、アンフィトリーテはただ呆然と見つめる事しかできなかった。


「終わったよ、アンフィねーちゃん。帰ろう」


……先程までの機械じみた瞳がまるで嘘だったかのように。

くしゃくしゃの疲れた笑顔を浮かべるミクモを前に、ただ差しのばされた掌を、無視することもできずに取ることしか、彼女には出来はしなかった。







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