第5話
……多くの人々が、その姿を見た。
直前まで思い思いに張り上げていた怒号、悲鳴、絶叫のすべてが、まるで水を打ったように静まりかえり、
都市を護る「壁」の向こう、迫りつつあった暴徒の巨影達の魔の手を、真横から文字通り千切り飛ばす、その姿を見た。
白と黒に彩られた、力強くも流麗な印象の装甲。
逃げ惑う巨影達に素早く追いすがり、ただの一匹も逃がすまいとばかりに猛攻を仕掛けていく、その姿を見た。
巨影の一匹が猛攻を掻い潜り、「壁」へとその斧を迫らせる。
その瞬間、まるで背中に眼があるかのように、白黒の機体が後方に反応した。
……刹那、その背面に設えられたスクリューが轟音と共に爆発的に駆動し、同時に機体が圧倒的な速度で方向転換、「壁」に迫っていた巨影にものの数秒で追いついてしまった。
巨影が危機を察知し、強引にその場で方向転換。
斧の振り抜き先を無理矢理に白黒の機体へと変えた。
そして、そこまでだった。
斧の刃がその白黒の装甲に触れるまでもなく、
その機体は手に持った黄金の剣で、すれ違いざまに巨影の胴体を横薙に引き裂き、一瞥すらせずに「壁」に衝突する寸前で急激に転換、そのままそこにいたもう一匹の巨影までも仕留めてしまった。
「……何が何だか、オレにはさっぱりわからないけど……」
白黒の装甲の胎内、人ひとりほどが丁度収まるほどの空間に、人影が座っている。
黒い髪は短く刈られ、慣れ親しんだ海の色がそのまま染みこんだような青い瞳は、状況を飲み込めないながらも"今するべきこと"からだけは、目を逸らさなかった。
「お前らが"悪いヤツら"だってことだけは、わかる!」
濁流に沈んだ刹那、突如浮上してきた白黒の機体に救われ、その胎内に匿われたミクモ・コーラルスターが、決意と共に再び操縦桿を押し込んだ。
その意思に応え、白黒の機体の前進が躍動する。
……別段、今に始まったことではない。
ミクモ・コーラルスターは、いつだってそのように選択する。
"自分の手に届く範囲を超えて何かをすることはできない" と理解している少年は、想像を超える現実を目にした時、いつだってそのように進んできた。
"何をするべきか" 。
その度、そう自分に問うた。
今の状況も、彼にとっては決して難しい決断を迫るものではなかった。
目の前にはこの事態を引き起こした者達がいて、更に新たな犠牲を増やそうとしている。
ここには誰も抵抗できる者がおらず、一方で自分はどういう所以か、この白黒の機体に救われ、あまつさえ動かすことができる。
……ならば、答えはひとつしかない。少なくとも、彼の結論はそうだった。
黄金の剣が振るわれ、鉈を振り下ろそうとしてきた巨影の腕を鉈ごと撥ねた。
更に重厚な装甲に覆われた脚部が容赦なく振るわれ、巨影の胴部を横から蹴り飛ばした。
巨影の内部で、赤い飛沫と共に何かが弾ける湿った音がした。
白黒の機体が剣を構え、最後の一体となった巨影に狙いをすませた時、その場に新たな機影が、巡航モードを解除しながら到達した。
紅の蟹めいた機体……μT-OMEGABASTIONと、パイロットたるアンフィトリーテである。
「……やはり……」
「……よくもやってくれたでヤンスね」
更にその場に緑色の巨影が到着したが、言葉とは裏腹に、それは手持ちの武装を構えることはしなかった。
「……また、新しいヤツ!」
瞬間──白黒の機体が、紅の機体を攻撃した。
雷撃めいた早さの斬撃をOMEGABASTIONが受け止められたのは、単なる幸運だった。
「お前らの好きにはさせねえ……!」
剣が恐るべき膂力で押し込まれ、受け止めている巨大な鋏に亀裂が走る!咄嗟にアンフィトリーテは解放回線で声を上げた。
「……落ち着け!私は味方だ!リウ・グウ正規軍所属……」
「……何だか解らんでヤンスが、これはチャンス!おい下っ端、撤退でヤンスよ!」
「ウィ……ウィーッス!」
白黒とOMEGABASTIONの取っ組み合いを尻目に、緑と黒の巨影がそそくさと青い闇の彼方へと逃げていく!
「待て!貴様ら……」「うおおお!」剣が押し込まれ、鋏から大きな亀裂音!このままではまずいと判断し、アンフィトリーテが唇を噛んだ。
「……この、いい加減にしろ!」
アンフィトリーテの手が翻り、操縦桿の横に設えられていた透明の保護カバーをめくり挙げた。
……そこには、合計で4つのボタンが横一列に並んだスロットがあり、それぞれが黒、緑、青、銅色に塗られている。
アンフィトリーテは、一番左にある黒いボタンを押し込んだ。
「──ぐ──ぐ!うあ、ああああああああああ!!」
刹那、ミクモは自身の精神が直接手でかき乱されるような、おぞましい嫌悪感に襲われた。
思考が混沌と化し、頭蓋の中で走り回る頭痛に叫び声を上げ、
数秒後にはぷっつりと、操縦桿に項垂れるようにして意識を手放してしまった。
……同時に、白黒の機体のカメラアイからも光が失われ、その全身に迸っていた恐るべき膂力もふっつりと霧散した。
OMEGABASTIONが、ゆっくりと白黒の機体の剣を側に寄せる。
辺り一面に白黒の機体が食い散らかした残骸が漂う中、アンフィトリーテが静かに通信を入れた。
「……こちら、アンフィトリーテ・パンドラボックス。
黒い魚影団の部隊はほぼ壊滅、並びにμT-WONDERRAVE及び覚醒者を確保した……回収部隊の応援を頼む──」
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