第4話

──大質量の金属が、海水に沈んだ世界の中で駆動する。


紅の装甲に身を包んだ巨人……否、それは巨「人」と形容するには、余りにも異質な体躯をしていた。

両腕と頭の位置こそ人に近いが、それ以外の全てはどちらかと言えば甲殻類のそれであり、蟹や海老の怪物とすら形容できる出で立ちであった。


「親分!ヤツら用心棒を用意してやがった!」

「だから見たら解るでヤンス!各員、落ち着いてフォーメーションB!相手は一機だから囲んで叩けば問題ないでヤンス!」

慌てふためく黒い巨影達を一喝し、緑の巨人から指示が飛ぶ!

刹那、更に黒い巨人が爆発!更にもう一体が爆発!


「指示が遅いよ親分君。そんなんじゃ私とこのOMEGABASTIONを砕くには万年かかるねえ」

蟹の怪物──μT-OMEGABASTIONの両肩からせり出す特殊ロケットランチャーが、更に周囲から迫る黒い影を撃ち落とし、出来たての海底に沈む鉄屑に変えていく!

「……各員、油断するなでヤンス!敵の火力は高い!」


「「「ウィーッス!!」」」

黒い巨影達が一斉に迫り、あっというまにOMEGABASTIONに殺到!まるでミツバチの蜂球めいた様相!

だが──紅の怪物は微塵もたじろがない。

巨影達が振り下ろした斧、鉈……その全てが、分厚い装甲と常識外れの出力を持つ覚醒壁によって受け止められていた。


「……嘘だろ!零距離で……」

文字通り零距離から放たれたロケットランチャーの直撃を受け、驚愕する黒い巨影達が、その刹那に "弾け" 飛んだ。

更に紅の怪物の腕が伸ばされ、その先端に不穏に設えられた大鋏が開き、一体の巨影を無慈悲に引っ掴んだ。

「この!放せ!」

「無理だよ」


──ばつん。


水中である為、大質量の金属が一瞬で強大な膂力によって "寸断" された轟音は、くぐもってそのように聞こえた。

断頭台めいた大鋏の贄となった巨人は、哀れ文字通り、胴体から上が泣き別れとなって青い闇に沈んだ。

更にもう一機が断頭され、巨人達の連携は見る見る崩壊した。


「ひいいいい!話が違う!こんなヤツ聞いてねえ!」

巨人の一機がOMEGABASTIONから離れたかと思うと、機体を急速旋回させ、その場から遁走を開始した。

それを見た他の数体がそれに続く──が、それは長く続かなかった。


ぷしゅ、という間の抜けた音がOMEGABASTIONから放たれた。


……黒い巨影の背中に刺さる、黄金色の矢。


水中での弾体は、抵抗によって大きくその威力を減退させられてしまう。

更に浸水の可能性により、火力による運動エネルギーの付与は推奨されない。

故に紅の怪物に与えられたのは──電磁力によるエネルギー蓄積によって機能する電磁砲(リニア)。

中距離以内の相手ならば、水中だろうと安定して敵の装甲を撃ち貫く上級装備『電磁武角斥力砲(リニア・フィジカル・ライフル)』によって射出された、銛や矢に似た弾体が、OMEGABASTIONから背を向けた者達の背中に次々と突き刺さり、永遠にその動きを止めた。


「……さあ、どうする?親分君」


纏わり付いていた巨影達を事もなさげにすべて葬り尽くした紅の怪物が、威圧するように両腕の鋏を掲げ、後方に控えていた緑の巨影に対峙した。そのすぐ横には、どうにか怪物の射程距離から逃れた黒い巨影の1機が並んだ。

「親分!どうすれば……!」

「愚問でヤンス」


……その瞬間、緑の巨影が、すぐ横の黒い巨影に手元の杭打ち機をあてがい、間髪入れず貫いた。


大穴のあいた黒い巨影が、無言で青い闇へと沈んでいく。驚愕の言葉や、恨み言のための時間すら、彼には与えられなかった。

「まだ "撤退して良い" なんて指示はしてなかったでヤンスよ」

「流石は海賊だ。やることが野蛮に過ぎる」

OMEGABASTIONから、アンフィトリーテの賞賛と侮蔑の入り交じった言葉が飛んだ。

緑の巨影はたじろがなかった。真正面から、紅の怪物を見据えていた。

「こんくらいじゃなきゃナメられるでヤンスからねえ。親分だって楽じゃないでヤンスよ、小娘ちゃん」

「なるほどねえ……それで?キミひとりでどう私を倒すつもりだい?」

「当ててみるでヤンス」

言ったが早いか、緑の巨影が静かに杭打ち機のエネルギーパックを再装填し、静かに構えた。

対して、OMEGABASTIONも両腕の鋏を構える──その時だった。


「ア……アンフィトリーテ博士!緊急事態です!」

突如としてOMEGABASTIONの回線に、第三者の絶叫が届いた。

「何事だい、こっちは今……」

「く、黒い魚影団の別部隊が都市部沿岸方面から接近!そちらはおそらく誘導です!!」

「……な──」


「……その様子だとバレちったでヤンスね?まあ、もう遅いでヤンスけど」

緑の巨影が杭打ち機の構えを解き、造作なさげに両肩をすくめる仕草を取った。

「貴様……自分自身を囮に……!」

「親分が出て来たら普通そっちを叩く、当然の判断でヤンス。だからあんさんはハマった」

「今頃は別方面から都市の『壁』をぶち抜いて、頂けるもの全部頂いてる頃でヤンスねえ!いやあ今回もゴチでヤンした!感謝感激でヤンスよ、キッヘヘヘハァ!!」

緑の巨影から、裏返ったような笑い声が響く!

アンフィトリーテが奥歯を噛みしめ、拳を握りしめる!


「──親分!大変だ!邪魔者が!!」


……突如として緑の巨影の "コクピット" 内に響いた通信に、"パイロット" である海賊団長の男が、初めてその顔をしかめた。

「……なんでヤンス?邪魔のひとりくらい……」

「ち、違う!コイツ……"外" からだ!リウ・グウの中じゃねえ、海のほうから……!」

「博士!状況が再び変化!『壁』に向かってきていた海賊の別働隊が、第三者の機体によって攻撃を受けています!」


……アンフィトリーテの思考もまた、止まった。

「報告を続けろ!」

「機体は詳細不明!……ですが、アレは……アレは!」

「ええい、映像だ!映像を送ってくれ!」


アンフィトリーテが叫んだ直後、OMEGABASTIONの情報制御用サイドモニターに、現場の様子を中継しているらしき映像が浮かび上がった。

……都市を覆う透明の『壁』の向こう、水中で海賊達を相手に、常識外れの挙動で孤軍奮闘する影が、そこにはあった。


……白と黒。シャチにも似た機影。


アンフィトリーテの眼が、驚愕に見開かれた。

眼前に対峙している緑の巨影も忘れ、彼女はその白黒の姿を何度も認識し、反芻し……そして、叫んだ。


「μT-WONDERRAVE(ミュート・ワンダーレイヴ)……!」





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