第3話
……悲鳴が飛び交い、怒号が撒き散らされる。
リウ・グウ第三居住区の「壁」の穴から入り込んできた大量の海水は、恐るべき質量を持った濁流と化してあらゆるものを飲み込んでいく。
その中を突き進んでいくのは、多数の巨人。
言うまでも無く、「穴」を開けた実行犯の機体達である。
巨人達は四肢こそあるもの、その足先は人間のような形式ではなく、小型スクリューにも似た特殊な機構を装備している。
その特殊な構造が、鉄の塊である巨人達のなめらかな泳ぎを可能としていた。
……それぞれ槍や鉈を持ち、人喰い鮫のごとく突き進んでいく。
その中で、一際目立つ個体がいた。
多くのものが黒い特殊塗料で塗り潰されている中、そのひとつだけは鮮やかな緑色で彩られており、あきらかに「群れ」を先導していた。
『キッヘッヘ!野郎ども、狙いは物資保存庫でヤンスよ!食料・弾薬あるだけ頂いていきんしょ!』
緑色の巨人から、拡声器らしき機能で、意図的に民間人にも聞こえるように指示が飛んだ。
「ウィーッス!」
黒い巨人達が一斉に返し、濁流と共に最も人口の多い都市部へと突撃!悪夢の津波の前に、住民の避難が間に合わない!
「……ハイ、残念。オイタはそこまでだよ諸君」
悪戯っぽい微笑みと同時に。
分厚く暗いコクピットの中、白衣の少女がそう言って手元のスイッチを押し込んだ。
そんなことは知る由もない巨人達の突撃は止まらない。
今まさに、濁流と共に住宅街へと侵攻しようとした瞬間だった。
……突如として、住宅街と悪夢の津波の間を隔てるようにして、巨大な「板」が地面から競り上がった。
それはまるで御伽噺の豆の木が如く天を突かんばかりに伸び上がり、複数枚が高高度で繋がり、新たなる「壁」として津波の侵攻を直前でせき止めた。
「オヤビン!壁です、新しい壁が……」
「なアアアン!見たら解るでヤンスよ!ちょっとばかり遅かっ……」
……どかん。
緑の巨人が舌打ちをしかけた刹那、先程まで会話をしていたすぐ横の黒い巨人が、爆音と共に砕け散った。
「ありゃ、私ともあろう者があのタイミングで外すとは」
同時に通信で響いてくる、少し低い少女の声。
それを認識するや否や、巨人の群れがその場から飛び退いた。
新たなる「壁」に隔離されたことで先程まで居住区だった空間は殆ど新たなる「海」となっている。
またリウ・グウが少し「削れ」たのだ。
絶え間なく流入してくる海水が第三居住区だった空間を浸し、水位をあっというまに上昇させ、全てを水没させかけている。
必然、巨人達も水の中。足下から頭上まで水に浸されようと、全機がものともしない。
そして彼らの眼前に、新たなる影が出現した。
都市部を守る壁を背に、護るようにして。
「ここで会ったが百年目、ってね。
この私がいる限り、これ以上は何もさせないよ。
"μT-OMEGABASTION"(ミュート・オメガバスティオン)。
アンフィトリーテ・パンドラボックス── 行かせてもらう」
……紅蓮の重装甲に身を包んだ、海賊達とは異なる種類の巨人の中。
アンフィトリーテと名乗った少女が、不敵な笑みと共に、機体の出力操作ペダルを全力で踏み込んだ。
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