第1話

「──じゃあ、行ってくる!」


明朗快活な声が、午後のリウ・グウ全域に響かんとばかりに打ち上げられた。

少年の、細いながらも無駄なく鍛えられた筋肉が躍動し、歩き慣れた道をテンポ良く進んでいく。

今日のノルマは30個なのだ。いつもより少し多いので、気合いを入れなければいけない。


「どうせ気合い入れるなら、40個くらい目指しても良いかもな!ナギばーちゃんもそんくらいあれば文句ないだろ!」

少年が顔面いっぱいに今日の成果の妄想を浮かべた時、丁度その脚は目的地に到達した。

……少年の住む居住区の片隅。

そこに、突如として広がる「壁」があった。

「壁」と言っても、それに閉鎖的な印象は薄い。

視界いっぱいを覆う透明の強化防護膜。ガラスか強化合成プロトデルミスクリスタルか、いずれにせよ透明な材質の「壁」が、ある区域から偽の空の投影をやめて、この本来の姿を映し出すのだ。

その向こうには──青き庭園。生命の濁流。


視界いっぱいに広がる、外に設置された人工照明に照らされた、水底の世界。

アクアヌマハゲ、ナマズドラゴン、ミズテング、ジゴクノツカイ、リキシウミヘビ……この居住区のすぐ外に広がる、あらゆる生命達の濁流が、そこにあった。


「──っしゃ!おっちゃん、俺だ!ミクモだ!」

少年が走った。

少年が、「壁」のふもとにある円形のゲートめいた場所に立っている中年に呼び掛けた。

珊瑚酒の飲み過ぎで腹がすっかりヨコヅナフグドラゴンめいて膨れあがった中年は、少年の姿を見てすぐに手を振り替えした!

「おう、今日も精が出るな!今開けるから待ってろ!」

中年が速やかにすぐ側に設けられていた小屋の中に入り、中の巨大なコンソールを手慣れた手つきで操作した。

その間に少年……ミクモは肩から提げた鞄をその場に置くと、中から人の頭ほどの塊を取り出した。

ゴーグルと、超小型ボンベが備え付けられた、狩猟資格者のみが携帯を許可される特殊マスク。

更に、鞄からリコーダーほどの大きさの、白い筒を取り出す。

ミクモが手元の赤いスイッチを押すと、それは瞬く間に伸長し、片方の先端からは黄金色の穂先が顔を出した。

「準備完了!おっちゃん、頼む!」

「あいよう!」

中年の軽快な返答!その瞬間、目の前の「ゲート」が解放。

同時に、「ゲート」から強烈なエア・バキュームが始まる。

マスクを装着している為、肺の中の空気を持っていかれることはなく、されど特に抵抗もせず、その身体を吸引に任せ、ゲートめがけて跳躍!

瞬間、ミクモは瞬く間にゲートに吸い込まれ、「外」へと弾き出された!


──泡。そして、水の感触が、全身を包んだ。


一方、ゲートの内側では、まず先に三重の隔壁が閉まると、その次に居住区への水の逆流を防ぐ防護弁でもあるエア・バキュームがようやく停止した。

ゲート管理人である中年が、手元の時計を見た。

「タイムリミットはいつも通りの4時間……今日もがんばれよボウズ!」

そして、激励を送った。


「今日はコーラルオレ40個だ!待ってろナギばーちゃん!」

ミクモがマスクの中で声を上げると、次の刹那、すぐ側を泳いでいたアクアヌマハゲを明らかに上回る速度で爆進!

両の脚がめまぐるしく動き、水を吸い込み、蹴り、その体躯を青き世界へと加速させた!

ミクモの腕が突如翻り、黄金の穂先を持つ狩猟銛を構える。

速度はまったく衰えないまま。

ミクモの先にいたのは──最初のコーラルオレだ!別名「サンゴ鉱」の名を持つコーラルオレは、ちょうどサンゴに似た外観を持ち、リウ・グウにおけるエネルギー資源として高い需要を持つのだ!勿論、今日の目標は40個!


「うおお!?」

ミクモが突如方向転換し、コーラルオレからの文字通り岩石めいた拳を回避する!

そう、いくらエネルギー資源とて、コーラルオレも一筋縄ではいかない。

サンゴめいた外観は鎧であり、同じ成分で形成されたガントレット状の両腕で天敵を打ち据えることで反撃してくるのである!


拳を放ちながらも重厚な外観に似合わない泳ぎでミクモを牽制するコーラルオレ!もし一度でもまともに喰らえばマスクを破壊され、あっという間に肺が潰れて死んでしまう!

……だが。ミクモの余裕は崩れなかった。

「このオレに──」

コーラルオレの渾身の拳が放たれる!

同時にミクモの脚が水を蹴り、爆進!真正面からコーラルオレに迫り、その拳を髪の毛1本ほどの距離で回避!

コーラルオレが驚愕!拳を放ちきった、その内側にミクモがいる!完全に間合いの内側に入られている!


「──勝とうなんざ、1分早いって!」


海神めいた一撃!

コーラルオレの外殻の隙間を狙ったミクモの銛突きが、その内側の身体構造を貫き、紫色の血液を海中に漂わせた!

即座にミクモは念入りにコーラルオレの両腕を落とすと、達磨となったそれを、心からの感謝を込めて掲げた!

「まずは1体目!」


コーラルオレに紐をつけて腰から繋げたミクモが、次の獲物を探して再び水中を進んでいく。

その様子を、背後から見ている謎の影に、微塵も気付かないままに。


「……オッヒッヒ、いいでやんすねいいでやんすね!仕事がんばる若者は見てて元気が出るでヤンス」


影がひとりごちながら、その巨大な姿に似つかない静謐を以て、ミクモとは真逆の方向に去っていく。

……リウ・グウの居住区の方角へ。


「そんじゃまあ、元気も貰ったところで……

あっしもお仕事がんばっちゃうでやんすよォ!」





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