第28話 家

 白雪を驚かせることに成功した夜。晩御飯を食べ終えて、ソファで横になる。黒革のソファは柔らかく、身体を優しく包んでくれるので俺のお気に入りの寝場所だ。


 金曜の夜というのは素晴らしい。明日休みなのだから気楽だ。


 リビングでごろごろしてると、アルフもご飯を食べ終えたらしい。おやつに貰った骨を咥えて、俺の側で食べ始めた。


 ふさふさとしっぽが揺れているのが目に入る。黄金の長毛に手を伸ばせば、柔らかな感触が伝わってくる。

 確かに気持ちのいいものではあるが、白雪が狂喜するほどのものかはよく分からない。やっぱりあいつ、変わってるな。


 暫く寝転びながらスマホを眺めた。


(ふへへへ、相変わらずシュガー先生のイラストは最高だな)


 何回見てもいいものはいい。ツイッタに投稿された過去の画像達が俺に幸せを運んでくる。はぁ、和む。


 シュガー先生のイラストを見たり、シュガー先生とのトークを眺めたり あるいはタイムラインを流し見してると、ふと、偶々一つの投稿が目に入った。


『弟がスマホ見てニヤニヤしてるんだけどw』


 なんてことはない日常の投稿。特に問題はない。その投稿主が俺の姉でなければ。


「おい、なんで俺のことツイッタに投稿してるんだよ」


 同じくソファの離れたところに座っている姉貴に声を飛ばす。姉貴はオフモードの眼鏡姿でスマホから顔を上げた。


「いやだって本当に気持ち悪いくらいにやけてたから。変なのでも見てんの?」

「んなわけないだろ。シュガー先生のイラスト見てたんだ」

「あー、いつものね。蓮。あんた本当に好きね」


 呆れたため息を吐かれる。分かってるなら聞くんじゃない。全世界に晒しやがって。


 アリスのアカウントで投稿してるせいで見てる人は沢山いる。投稿されて小1時間しか経ってないのに、リプまで何人もから来てやがる。


『弟、絶対エロ漫画見てる説』

『好きな人とのやり取りが理由の純愛説を推す』


 などなど。色々言われたい放題である。まったく当たってない。家族の前でエロ漫画見るやつがどこにいるんだ。


 送られてきているリプの中に、シュガー先生でにやけてる説の人は一人もいなかった。


「ストーカーにはならないようにね? 弟が犯罪者とか勘弁してほしいから」

「なるか。むしろちょっとだけ近づいたくらいだからな? 最近、シュガー先生からメッセージ貰ったんだ。凄くね?」

「え、そうなの? なんで?」

「イラスト描いてたらバズって、それを見て感想くれた」

「蓮って絵とか描けたの?」


 目を丸くする姉貴。色の抜けたハニーブラウンの髪が僅かに揺れる。


「最近ずっと練習してたんだよ」

「あー、なんかこそこそやってるなとは思ったけど、それだったのね。どんな絵? 見せなさいよ」


 きらりと瞳孔が開かれる。獲物を定めた猛獣のような目つきだ。やっぱり話さなきゃ良かった、と思ってももう遅い。

 下手に意地を張ったところでスマホを奪われるのがオチだ。見せるまでしつこいのは目に見えている。


「……これだ」

「へー、可愛いじゃん。リツイートしとこ」


 ぽちぽちとスマホを弄り始める。すぐに一リツイート増えた。


 おお。初めて姉貴にありがたさを感じた。こんなところで役に立つとは。意外と姉という存在も捨てたものではないのか?


 無料の宣伝なのでありがたく受け取っておこう。


「あんたの絵、シュガーさんの絵に似てるわね」

「一番好きな絵を参考にしてたらそうなった」

「それもシュガーさんの影響なのね。あ、そういえば」


 何か思い出す姉貴。一体なんなのか。


「言うの忘れてたけど、今度、シュガーさんと会うよ」

「………………は?」

 

 世界が一瞬止まった。思わず耳を疑う。あまりに予想外すぎる。


「ぷっ。いい顔。あんた、驚きすぎ」


 お腹を抱えて吹き出しながら笑い転げている。そんなこと言われても驚くなって方が無理がある。


「……まじで?」

「ほんとよ、ほんと。来年だけどね。アニメの宣伝ラジオで会う予定になってる」


 さも当然のように頷いているが、そんなに冷静なのが信じられない。おいおい、精神どうなってる? 驚いている俺がおかしいみたいじゃないか。


 まさか身内が憧れの人に会うことになるなんて。死ぬほど羨ましい。アリスの姉貴なんて一度も憧れたことはなかったが、会う日だけ交換してほしい。……女装したらいけるか?


 姉貴を眠らせて成り代わる方法をシミュレーションしていたら、さらに姉貴がとんでもないことを言い出した。


「サイン貰ってきてあげようか?」

「なに。た、頼む!」

「でも、ただというのはねー。ダッツ10個は貰わないと」

「分かった! 10個でいいんだな。渡すから貰ってきてくれ」

「そ、そう。あまりにガチすぎて弟でも引くわ」


 ドン引きされているが知ったことではない。サインだぞ、サイン。高級アイスの10個や20個いくらでもやるさ。


「まあ、先の話だから、その時になったらね」

「分かった。絶対頼むぞ」


 思いがけない幸運ににやけが止まらなかった。


 

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