第18話 スポーツ大会1

 スポーツ大会は秋空の快晴だった。朝から眩しいほど太陽が輝いている。差し込む光で教室もいつになく明るい。絶好の運動日和と言えるだろう。


 スポーツ大会は男子で2種目、女子で2種目参加し、それぞれが予選リーグと決勝トーナメントの形で行われる。


 そして最後に男女合同のリレーがあり、全部の順位に応じたポイントで優勝が決まる仕組みだ。


 クラスメイトはやる気にみたいで、随分気合が入っている。例に漏れず、蒼も大翔もやる気満々だ。


「蓮、なんでそんな死んだ顔してるのさ。ほら、やるよ!」

「そうだぞ、蓮。分析は俺に任せておけ。蓮にはばんばん点を決めてもらうからな」


 眼鏡をくいくい得意げに持ち上げる。分析ってお前、出る気ないな?


「帰宅部になにを期待してるんだ」

「えー、去年割と活躍してたじゃん」

「白雪の方が活躍してたけどな」


 去年、それなりに点を決めた記憶はあるが、残念ながら白雪の活躍が目覚ましく、その影に隠れて俺が目立つことはなかった。


「相変わらず負けず嫌いだねー」

「白雪にだけは負けたくないんだよ。……まあ、今年も目立てなさそうだけど」

「今年も白雪さんと同じクラスだもんねー。去年も凄かったし。リレーのごぼう抜きは今でも覚えてるよ」


 去年リレーで最後から2番目を任された白雪は4人を抜いて一位になる活躍をした。颯爽と走り抜ける姿は、おそらく学校中の人の視線を惹きつけただろう。

 そのせいでアンカーだった俺は、そのままゴールするだけで特に活躍出来ずに終わった。


 残念ながら今年も俺は白雪の後のアンカーである。白雪に活躍を奪われるのは間違いない。

 

「あの時の白雪さんはまるで絵画のような美しさであった」

「ほんと好きだな」

「今年もあの活躍を見れると思うとときめきが止まらぬ」


 そう言って胸を抑える大翔。今日も白雪のことが大好きなようで何よりです。


「そういえば、昨日白雪に聞いたけど、普通に話しかけていいっぽいぞ」

「な、なんだと!? もう聞いてくれたのかね?」

「たまたま駅で一緒になったからな。その時聞いた」

「そ、そうであったか。本当に話しかけていいのだな?」

「まあ、無理やりじゃなければいいんじゃないか? 本人が許可してたし」

「ふむ、それなら蓮のところに寄ってきた時にしよう」


 大翔の考えは分からなくはない。わざわざ話しかけに行くのは不自然だろうし、白雪も警戒する。そう考えれば大翔の考えは自然だ。


 だけど、俺を餌がなにかと勘違いしてませんかね?


「まあ、今日は忙しいし、バスケの方頑張るんだぞ」

「……分析は任せたまえ」

「絶対出る気ないだろ」


 ジト目で見つめてみるが、大翔は素知らぬふりをしている。分析ってなんだよ。絶対出場させてやるからな。


 決心していると、白雪が寄ってきた。


「黒瀬さん、委員の集まりがありますから。遅れないでください」

「悪い、もうそんな時間か」


 時計を見ると7時55分。8時から今日の最終確認の集まりがある。


 白雪の姿を見てぴんと背筋を伸ばす大翔。


「し、白雪さん」

「えっと、成瀬さん。なにか?」

「今日の活躍、期待してます。頑張ってください」

「……頑張りますね」


 なんとも言えない微妙な表情を見せる白雪。戸惑ってるだけで嫌そうではないので、一先ずは成功だろうか。


 白雪は「では、先に行ってます」と言うので慌てて追いかける。後ろで天に召されそうになってる大翔の姿が見えた気がした。


 追いついて廊下に出ると、各々とクラスTシャツに身を包んだ人たちで溢れていた。賑わい活気が辺りに満ちている。


 ふと、隣の白雪の服装を見る。白雪も例に漏れず白に赤のラインが入ったTシャツを着ている。普段きちっと制服に身を包んでいるので、ラフな姿というのは新鮮だ。


「……なんですか?」


 俺の視線に気付いた白雪はほんの僅かに目を細める。


「大翔に声をかけられて迷惑じゃなかったか?」

「いえ、今日は何人かに応援されていますし、慣れていますので」

「そう、なのか。相変わらずとんでもない人気だな」

「去年のリレーのことをみんな覚えているみたいです。せっかく応援してもらっているので、それなりには頑張るつもりです」


 ちょっとだけ気合いを入れるような声。白雪もやる気が出てるらしい。


「結構冷めてるタイプだと思ってたんだが、意外だな」

「せっかくの機会ですからね。それに勝てばクラス優勝も近づきますし、期待してくれる方がいるなら頑張りますよ」

 

 ほんの僅かに目を輝かせて前を見る。これは活躍してくれるに違いない。


 意外な姿を目に焼きつけながら会議室に向かった。


♦︎♦︎♦︎


「はぁ、負けたー」


 予選リーグを終え、重くなった身体で体育館の壁際に座り込む。


 何本かシュートは決めたものの、残念ながら負けてしまった。一勝一敗だったので午後の決勝はない。


 やはりバスケ部のレギュラーがいる優勝候補のクラスだったので、厳しかった。出場人数はルールで制限されているものの、こっちは一人もいない。その差は大きかった。


「惜しかったねー。あとちょっとだったんだけど」

「流石に帰宅部に二試合はきついわ」


 一試合10分とはいえ、午前中に二試合は死ぬ。日頃の運動とかアルフの散歩だけだし。あ、あと姉貴にパシられた時。


 既に足はぱんぱんだ。


「俺の分析は完璧だったんだが……」

「どこがだよ。見たまんまのこと喋ってただけだろうが」


 大翔が試合中に話していたことなんて「奴は左利き。黒髪短髪の3年6組、山崎照史」とかである。まったく役に立っていない。どこに使うんだ、その情報。


 とにかく終わってしまったものは仕方ない。隣の女子でも応援するか。


 隣ではちょうどクラスの女子チームが戦っている。もちろん白雪も参加している。


 普段隠れている腕や足を晒して駆ける姿はもはや目に毒だ。白雪は試合に集中しているせいで、無警戒にその白い柔肌を魅せている。


 周りを見れば、観客がやけに多い。その一因は確実に白雪だろう。

 

 白雪はその絹のような髪を結い上げ、走り抜ける。相手の女子をドリブルで抜き去り、またレイアップシュートを決めた。


 観衆がざわりと湧き立つ。


 相手にボールが渡り、ディフェンスが始まる。だがすぐに白雪は隙を見て奪い去り、またしてもシュートを決める。


(ほんと、凄いな)


 思わず認めてしまうほどに活躍が凄まじい。あの細い身体でどうしてそんな動きが出来るのか。


 白雪は確実に体育館の全員の注目を集めていた。

 

 相手チームも善戦している。だが徐々に点差は開いていく。これは決勝に行けるだろう。そう思った時だった。


 白雪がレイアップをした瞬間、相手の女子が接触した。


 バランスを崩して、白雪が着地に失敗する。バタンッと手をつく音が体育館に響く。ピッとファールを告げる笛が鳴った。


 慌てて相手の女子が駆け寄って、白雪に手を差し出す。

 何度も頭を下げており、白雪は手を振って許している。相手の女子は安堵の表情見せてまた頭を下げた。


 わざとではないだろう。スポーツに事故はつきものだ。仕方のないこと。


 白雪が立ちあがろうと体を起こす。だが、すぐに足首を押さるようにしゃがみ込んだ。

 

 

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