第17話 白雪凛視点
電車の到着を告げる音楽がホームに鳴り響く。すぐに電車は到着し、私は黒瀬さんと一緒に電車に乗り込んだ。
幸い電車の中は空いていてので、並ぶように二人で座る。
自分より幾分か座高の高いので、彼の顔は自分より少し上。切れ長の目と、なにを考えているかよく分からない横顔が見えた。
電車の扉が閉じて動き出す。リズムの良い振動に自分の体も僅かに揺れる。隣で黒瀬さんも揺れていた。
(…………)
この一年半で異性と一緒に帰るというのは初めてなので、少しだけ緊張する。
黒瀬さんが私が隣にいることなど気にしている様子はないので、和らいだけれども。
今回の委員になって、結局黒瀬さんには色々と助けてもらった。
本人に助けている自覚はないのだろうけど、こっちとしては凄く仕事の負担が減って楽に進めることが出来たので、助かったのは間違いない。
以前から何度か助けてもらっているし、借りを作るのは嫌なのでお礼を持ちかけたわけだけど、その結果が相談だとは思わなかった。
(いえ、相談でもありませんね)
彼の口から出てきた、枕詞の『友達の話なんだが』。
この言葉を聞いて私はすぐに察した。漫画やアニメでよくある相談シーンで使われるものである。多くの場合、それは友達という体で本人の話をしている。今回もそのパターンに違いない。
(黒瀬さん。私は、ばっちりと気付いてしまいましたよ)
もはやテンプレとまで言える展開なので、その後の話が黒瀬さんの話なのは想像に容易い。
わざわざそこまでして相談したいことはなんなのか、聞いて凄くびっくりした。まったく、黒瀬さんは素直じゃない。
思い出して少しだけ顔が熱くなる。熱を逃すように一度息を吐く。
黒瀬さんはどうやら私と話がしたいみたい。苦手とされていると思っていたのに、かなり意外。
なんでも話していると幸せなのだとか。
(ふ、ふーん)
ちらっと隣を盗み見る。黒瀬さんはスマホを適当にいじっている。何かを見ているみたい。少しだけごつごつした指先が何度も画面の上を滑っている。先ほどまでの会話を意識している様子は全くない。
一体なんなんだろう。そこまで話したいなら今話せばいいのに。電車に乗ったら話しかけてくるかも、と身構えていた私が馬鹿みたい。
別に黒瀬さんと話すのはそこまで不快なわけではない。私に興味がないのは分かっているので、気を遣わなくて済むし。
黒瀬さんがそこまで言うなら、仕方ないですし? 話してあげてもいいと思っていたのだけれども。
(……そこまで言ってくれるなら悪い気はしないですし)
結局、考えてることがよく分からない黒瀬さんのせいで、なんとも言えないもやもやが募る。
気にするだけ無駄な気がして、私もスマホでツイッタを開いた。
タイムラインをスライドしてると、私の推しの写真が流れてくる。どうやら雑誌の表紙を飾っているみたい。
冬コーデに身を包んだアリスが大きく載っている。はぁ、可愛いすぎます。
「それ……」
隣から声がして横を向く。黒瀬さんが私の画面を見ていた。
「なんですか?」
「アリス、好きなのか?」
「それはもう。こんな可愛い人はなかなかいないですから。マイナスイオンの10倍は癒されますね。森レベルに癒されます」
「そ、そうか」
黒瀬さんはなにやら複雑そうな顔を浮かべている。
「どうです? 黒瀬さんも推すのをおすすめしますよ」
「いや、遠慮しとく」
残念。すげなく断られてしまいました。布教はファンの務めだけど、なかなか難しい。
「俺にはシュガー先生がいるからな。他に推しは作らない」
「……本当に、好きですね」
急に私の名前が出てきた。危ない。反応するところだった。
最近知ったことだけど、黒瀬さんは私の絵が大好きらしい。なんでもグッズを全部持っているのだとか。
この前は私が公開したイラストをホーム画にして、時々見ながらにやにやしてた。……外であの顔はかなり不審者だと思うのでやめて欲しいところです。
ネットではそれなりに有名な私ですが、ボッチ気味な黒瀬さんの周りに好きな人はいないようで、私が知ってると話をするとかなり喜んでいた。
大はしゃぎで熱く語っている黒瀬さんは、この10年間で初めて見た。超激レア級だと思う。
(あ、もしかして……)
ふと気付く。先ほどの相談してきたその内容の意味。多分、私とシュガー先生の話をしたいということなのかもしれない。
そう考えれば、静かにしなきゃいけない電車の中で話すのは難しいだろうし、確かに機会を作りたくなると思う。うん、そうに違いない。
(仕方ありませんね)
スポーツ大会が終われば、ひと段落する訳だし、彼の話を聞いてあげる機会を作ってあげるとしよう。ファンの声を聞くのもお仕事の一つ。……それに幸せっていうくらいですし。
あ! ついでに黒瀬さんには犬のアルフを連れてきてもらうとしましょう。またモフりたくなってきました。
完璧な私の作戦に内心でほくそ笑む。
丁度そこで地元の駅に電車が止まった。車内の何人かと一緒に私も降りる。ホームに吹き抜ける夜風は冷えていて、僅かに身体が震えた。
ホームを出れば完全に空は暗くなっていて、星が夜空に輝いている。黒瀬さんが私を見た。
「……送って行こうか?」
「いえ、大丈夫です。すぐそこですから」
「そうか」
「それに、送り狼になられても困りますし」
「なったら?」
「なにとは言いませんが、物理的に潰します」
「それは怖いな。じゃあな」
「あ、はい。また明日」
私の威嚇が効いたのか、黒瀬さんは肩をすくめて去っていく。少しだけ拍子抜けしながら、明日のために気合を入れ直した。
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