第16話 相談

「黒瀬さん、放課後はスポーツ大会の準備をお願いしますね」

「どこ行けばいい?」

「外の準備をお願いします」

「りょーかい」


 スポーツ大会が迫った前日の昼休み、俺の机の下まで来ると、白雪は淡々とそう告げた。


 真顔なところがちょっと怖い。まあ、あれから委員の仕事を頼まれることが時々あったので怒ってる訳ではないのだろうが。


 あの日、こっそり白雪の仕事を奪ってやった後から、遠慮されることなく仕事を頼まれるようになった。認めてもらえたのだろうか?


 白雪の考えていることはよく分からないが、信頼されたってことにしておこう。


 だからといって仲良くなった訳ではないが。


 用件を終えた白雪はさっさと自分の席に戻っていく。


「最近白雪さんとよく話しているではないか」

「委員が一緒だからな」

「ずるいぞ、蓮。羨ましい。あの白雪さんと会話出来るなんて」

「あれは会話か?」


 羨望の目線で大翔が見つめてくるが、内心で首を傾げる。ただの仕事の報連相にしか思えないのだが。


「なんだっていい。白雪さんと言葉を交わしてることが羨ましいのだ」

「大翔も話しかけたらいいだろ」

「い、いいのだろうか?」


 ごくりと生唾を飲み込む大翔。既に顔が強張ってる。いや、緊張しすぎ。


「別に話しかけるのに許可は要らないだろ」

「わ、分からんだろ。不快にさせてしまうかもしれん」

「まあ、確かに」

「た、頼む。蓮、本人に聞いてきてくれないか」


 がしりっと俺の手を掴み、うるうると上目遣いに見つめてくる。


「なんで俺が……」

「一番白雪さんと話してるではないか。それに遠慮なく聞けるのは蓮しかいない」

「そこまで言うなら一応聞いてもいいが、いつになるか分からないぞ? そうそう話さないし」


 ここ2週間ほどは話す機会もあったが、それも明日で終わる。以前のように戻れば、そうそう関わることもない、はずだ。


「大丈夫だ。予想通り、蓮は白雪さんと段々関わるようになっているし、必ず機会は来るであろうからな」


 キリッと眼鏡を持ち上げる大翔。そんな予言みたいに言うんじゃない。本当にそうなりそうだ。


 嫌な予感を抱えながら、一応大翔の願いを覚えておくことにした。


♦︎♦︎♦︎

 

「はぁ。疲れた」


 放課後、外の準備にずっと駆り出されていた。そのせいで、腕が少し重い。色んな荷物を運んだからだろう。


 外で行われる野球、サッカーの道具や得点板などを部活の人たちと協力して用意していた。


 ほんの一、二時間だけしか動いていないが、大変だった。明日の俺、生きていられるだろうか?


 既に時計は七時を過ぎ、辺りは暗い。道路を走る車のライトが勢いよく過ぎていく。


 ようやく学校最寄りの駅が見えてきた。


 ホームに入ると、学校帰りの制服姿やスーツ姿の人がぽつぽつ並んでいた。出来るだけ空いている列を探してホームを進む。


(あれは……)


 見慣れた黒髪の後ろ姿。白雪である。


 白雪はスマホを眺めて立っていた。遠目に見える横顔は凛々しく、目を奪われる美しさがある。


 つい足を止めていると、たまたま白雪がこちらに気付いた。ぱっちりとした瞳と目が合う。


 朝の時間に被った時と同じように、軽く頭を下げる。向こうからも会釈が返ってくるだろう。そう思っていたのだが。


 なぜか、とことこと、こちらに向かってきた。


「こんばんは、黒瀬さん」

「お、おう」


 なんとか平静を装ったが、内心ではびっくりしている。


 まさか向こうから話しかけてくるとは思わなかった。大体いつもは会釈を交わして終わっていたし。一体どうしたんだ?


「そっちも準備終わったのか?」

「はい。なんとか。黒瀬さんも?」

「ああ。終わったから帰るところ」


 隣に並んで電車を待つ。どうやらこのままらしい。


「ようやく終わりますね。黒瀬さんには色々助けていただいて本当に助かりました」

「元々俺も委員だからな。気にするな」


 勝手に白雪が一人でやろうとしただけであって、本来は二人でやるものなのだ。

 結局、何回か協力出来たので、女子一人に仕事を押し付ける最低なやつにはならなかっただけで十分である。


「そうは、言っても色々助けられたのは事実ですし、何かお礼でも……」

「あー、じゃあ、ひとつだけ質問いいか?」

「はい、いいですけど」


 きょとんと首を傾げる白雪。さらりと前髪が揺れる。


「これは、友達の話なんだが」

「友達の話……」


 何か気になることでもあるんだろうか? 少しだけ思案顔だ。


「ああ、友達の話だ」

「……分かりました。友達の話ですね」


 じっと見つめると、白雪は力強く頷いた。この様子ならしっかり分かってくれたに違いない。


「実はな……白雪ともっと話したいらしいんだ」

「そう、なんですか?」


 くりくりとした瞳を丸くしてこっちを見つめてくる。もちろん当然なのでしっかりと頷く。


「らしい。やっぱり白雪は周りから注目を浴びる人だし、白雪自身男子と話すのは苦手だろ?」

「まあ」

「だから遠慮しちゃうけど、実際はもっと話したいみたいなんだ」

「へ、へぇ」


 僅かに声を上擦らせてちらっとこちらに視線を向けてくる。確認するように、何度かちらちら見てくる。


「そんなに私と話したいんですか?」

「まあ。話してる時間は幸せ、だろうしな」

「!? そ、そうなんですね」


 ぴくっと身体を震わせ、目を見張る白雪。

 大袈裟と驚いているのかもしれないが、大翔からすれば憧れの人と話せるのだ。幸せ、以外の何者でもないだろう。


「あ、もちろん話すことがって意味であって、下心とかはないぞ?」

「え、ええ。もちろん分かっています」


 そっと視線を地面に滑らせ、くるくる毛先を人差し指に巻き付けている。

 なにやら様子が少しおかしいが、とりあえずこれで多少は白雪の心配する部分は取り除けたと思う。


「だから、まあ、タイミング合った時でいいから、その時はもっと話しかけてもいいか?」

「ま、まあ。そこまで言うならいいですよ。下心がないんですから」

「本当か?」

「はい。その、黒瀬さんの友人なら悪い人ではないでしょうし」

「分かった。そう伝えとく」


 意外なことに許可が下りた。


 大翔なら迷惑なラインというものを弁えているだろうし、白雪に不快な思いはさせないだろう。

 なんていうかあいつの中で白雪はアイドルみたいな感覚だろうし。


 とりあえず頼まれていたことを達成できたことに満足した。


♦︎♦︎♦︎


ここまで読んでありがとうございます!

おかげさまで楽しく続けさせてもらっています。


とりあえずこれでタイトル回収が少しだけ出来ました。白雪との仲が進むたび、もう少し際どい口説き文句が出てくる予定ですので楽しみにしていてください(´*−∀−)

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