第19話 スポーツ大会2
しゃがみ込んで動かなくなる白雪。
「大丈夫かなー?」
ひそひそと隣で蒼が呟く。着地の時の失敗が原因だろう。
審判が駆け寄り声をかけると、白雪は顔を上げた。なにやら話していたが、結局七海に付き添われながら、体育館を出て行った。
白雪が抜けた代わりに新しくクラスメイトが入り、試合は再開する。
白雪が抜けた穴は大きく、かなり押され続ける展開が続いたものの、なんとか勝ち逃げして試合は終わった。
「し、白雪さんが怪我を……」
あわわわ、と焦りまくる大翔。どんだけ慌ててるんだ。
蒼がクラスの女子に聞いた話だと保健室に行ったらしい。右足をひょこひょことさせていたが、多分捻挫ってところだろう。
「落ち着けって。白雪に今から聞いてくるから」
「あれ、蓮も白雪さん心配してるんだ?」
面白そうなものを見た、とでも言いたげに蒼が口角を上げる。
「……別に。午後のあいつが担当してる委員の仕事の話を聞きに行くだけだ」
俺は午前中で仕事は終わりだが、あいつは確か午後にも一つあった。怪我をしたというなら、こっちでやるのが筋だろう。
にやにやする蒼と、絶望に伏せる大翔を置いて、保健室に向かった。
保健室は新校舎の端にある。なので保健室の方面に進むたび、どんどん人気が減っていく。保健室の扉が見える頃にはしんと静けさだけがこだましていた。
ドアをノックすると「はーい」と女の人の声が聞こえる。開けると白衣に身を包んだ先生が椅子に座っていた。
「あら? どこか怪我したのかしら?」
「いえ、白雪に少し用事がありまして」
「あらそうなの」
先生が奥の方に視線を向ける。奥でベッドに腰掛け、足を氷で冷やしている白雪の姿があった。
「よう、白雪」
「黒瀬さん、なにか?」
「怪我は大丈夫なのか?」
「軽い捻挫らしいです。痛むようなら一応病院に診てもらうようにと言われました」
そう言って足首に視線を落とす。見た感じはそこまで重症ではない。
「そうなのか。酷くは無さそうで安心した」
「わざわざそのために? はっ、傷心の女の子を慰めて口説こうという作戦ですか。残念ですが、お断りさせていただきます」
「違うっての」
相変わらず変わりませんね。
もう振られてもなにも感じなくなってきた。これが成長というやつか。
「午後に一個、委員の仕事あっただろ。それ代わっておくって話したかったんだ」
「そっちでしたか。すみません。迷惑をかけてしまって」
「別に。気にするな」
こんなことで白雪から感謝を貰っても。俺が欲しいのは尊敬の眼差しである。悔しがる白雪を勝ち誇りながらドヤ顔で見たいだけなのだ。
「今日は大人しくしてろよ」
「そうですね。怪我自体は2、3日もすれば治ると思いますし。ただ……」
足首を見つめながら、その表情に影を落とす。ほんの僅かに細くなった声がぽつりと漏れた。
「せっかく期待してくれた方もいたのに、リレーもバスケも出れなくなってしまいました」
「仕方ないだろ。スポーツなんて怪我するものだし」
「そうですけど……。やっぱりクラスに迷惑をかけるのは申し訳ないですね」
そう言って白雪は薄く笑みを作る。
無理に浮かんだ笑みは引き攣り、痛々しい。笑っているのに、なぜか泣きそうに見えた。
白雪は今朝、周りからの期待に応えたいと意気込んでいた。珍しくやる気をみせる姿だったので記憶に新しい。白雪なりにクラスのために役立ちたいと思っていたのだろう。
だが、それはもう叶わない。責任感の強い彼女のことだ。それを気にしているに違いない。
(……なんだよ、その表情は)
いつだって平気な顔をして、飄々となんでもこなしているのが白雪だ。完璧で完全で、付け入る隙がないのがいつものはずなのに。
こんな弱ってる姿を見せられると調子が狂う。しおらしい姿なんて白雪らしくない。お前にはいつでも強気でいて欲しいのだ。
はぁ、と一度小さく息を吐く。
「バスケは分からないが、リレーは負けないから安心しとけ」
「え?」
白雪の間抜けな声が聞こえたが、あえて無視して「じゃあな」と別れを告げる。そのまま保健室を出た。
教室に戻ると、蒼と大翔がご飯を食べていた。こっちの姿を見つけて手を振ってくる。
「あ、蓮。白雪さんの様子はどうだった?」
「軽い捻挫だってよ。まあ2、3日安静にしてれば治るじゃないか?」
「そっかー。よかった」
自分も弁当を取り出して席に座る。午後のリレーに向けて蓄えなければ。
白雪が怪我をしたのは事故として仕方ないが、俺が活躍できるチャンスがやってきた。
去年は白雪が活躍してまったく目立たなかったが、上手くいけばアンカーなので、いい感じに活躍出来る。これは絶好の機会だ。
一位になって白雪に自慢してやろう。その光景を思い浮かべるだけでやる気が満ちてくるぜ。
「白雪さんは平気だったんだな?」
「ああ。そこまで酷くはなかった」
「それはよかった。女神のようなあの方に何かあったらと思うと……」
「大袈裟すぎ」
保健室でのしおらしい白雪の姿が頭に浮かんだが、あえて振り払う。人に話すことではない。
「そういえば、今朝、白雪と話せてたな」
「そうであった。ありがとう、蓮。蓮のおかげで一生忘れられない思い出が出来た」
「……満足できたようで何よりだ」
「声を聞いたときは死ぬかと思ったぞ。天国が一瞬見えた」
どうやら本当に天に召されかけていたらしい。あんな一瞬でそんな反応だと今後が不安だ。10秒会話したらどこにいくんだろうか?
「でも、白雪さんが怪我をしたとなると、午後のリレーは厳しくなりそうではあるな」
「俺が全員抜くから任せておけ」
「なに、蓮がやる気になっただと!?」
「まあな。やっとやってきた活躍するチャンスだからな。白雪が出れないことを気にしていたし、一位になって白雪に自慢する予定だ」
「相変わらず蓮の負けず嫌いは相当であるな」
呆れたようにため息を吐く大翔。ふん、そんな反応をしても、あいつにだけは負けたくない気持ちは変わらない。
蒼が何かに気付いたように口を開ける。
「白雪さんが出れないことを気にしていたってのは?」
「ああ。あれでも色んな人から期待されてたし、責任は感じてたっぽい」
「へー、なるほどね」
「なんだよ」
「別にー?」
何かを察したようにこっちを見つめてくる。ただ俺はせっかくの活躍の機会を活かしたいだけなのに。
午後のリレーに向けて、気合を入れ直した。
♦︎♦︎♦︎
(くくくっ、完璧だ!)
保健室へ向かう道中、胸には金のメダルが輝いている。
このメダルは各種目で優賞したクラスに贈られる。それが俺の胸にあるということは、つまりそういうこと。
リレーは俺にバトンが渡るまで3位だったが、そこから二人を抜いて1位になった。
ゴールテープを切った時は、白雪が出れないということで諦めていたクラスメイトたちも驚いていた。
クラスメイトから褒められ、讃えられ、しっかり活躍することが出来た。
白雪が不在という卑怯な作戦ではあるが、白雪より目立つことが出来たことに変わりはない。
あとは白雪に自慢するだけだ。
保健室のドアをノックしてみたが、声が返ってこない。ゆっくりドアを開けると、鍵はかかっていなかった。
奥で佇む白雪の姿が目に入る。白雪は少しだけ目を丸くしてこっちを見ていた。
「黒瀬さん、どうかしましたか?」
こてんと首を傾げる白雪。どうやら胸に輝くメダルに気付いていないようだ。
しっかり見せつけやろうと、目の前まで進む。胸からメダルを外し、白雪の前に掲げた。
「ほら見ろ、白雪。リレーでメダル、獲ってやったぞ」
「……本当に勝ったんですか」
目をぱちくりとさせて固まった。その瞳に金のメダルが映り込んでいる。
「なんだよ、俺が嘘ついてるとでも言うのか?」
「いえ、そういうわけではないですけど。まさか、本当に一位になってくるとは思わなくて」
感心するような声を漏らす。
「これでも足は速いからな。凄いだろ」
「あなたが足が速いのは知ってます。でも、本当に凄いです」
「お、おう」
いざ褒められると、慣れていないせいで調子が狂う。日頃、白雪から褒められることなんてない。そりゃあ、尊敬させてやると意気込んできた訳だが、実際に直面すると妙な感じだ。
「白雪がいなくてもまったく問題はなかったな」
「そう、ですか」
「ああ、白雪がいないおかげで俺が活躍出来たし。3位から2人抜いたんだ」
「それは凄いです」
「だろ?」
「はい。クラスの人たちからも喜ばれたでしょう?」
「ああ。みんな喜んでた」
「でしょうね。私も聞いていて嬉しいですし」
「そ、そうか。なんか、今日の白雪は妙に素直じゃないか?」
本当に調子が狂う。一体なんなんだ。
白雪はそっぽを向いて、ぽつりと「こんなことされたら素直にもなりますよ……」と小さく零す。
「別に俺がやりたくてやっただけだぞ」
白雪の代わりに活躍して目立つ作戦を実行したに過ぎない。
完璧に成功させることが出来たし、白雪から褒め言葉を貰うことも出来たので、俺の目的は成し遂げられたといえる。
白雪を実力で負かした訳ではないので多少卑怯ではあることは引っ掛かっているけれども。
「まったく……本当にあなたはそういうところがずるい人ですね」
そんな内心を知ってか知らずか、白雪は目をへにゃりと細めて柔らかく微笑んだ。
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