第10話 作戦
「ふわぁ」
朝日が目に染みる。あまりの興奮で夜はよく眠れなかった。
重い瞼をなんとか開けながら着替えを進める。昨日、急に舞い込んだ幸運はあまりに信じられない。あのクリアファイルが今日貰えるというのか?
昨日のことだというのにあの時の記憶は朧げだ。本当に貰えるのか、緊張しながら登校した。
教室に到着し、自分の席に座る。既に何人もクラスメイトが登校していたが、白雪の姿はない。
(そういえば、いつ渡すか決めるの忘れてた)
あまりの衝撃で肝心なことを決めていない。いつ白雪は渡してくれるのだろうか?
放課後か。あるいは地元の駅とか? 一応確認しておいた方がいいかもしれない。気になりすぎて授業どころではない。
「蓮、随分楽しそうではないか。珍しい」
いつの間にか登校していた大翔が空いている隣の席に座る。
「昨日良いことがあったんだよ。ずっと欲しかったグッズが手に入りそうなんだ」
「む、まさか、お主、転売に手を出したのか!?」
「出してないから安心しろ。転売すらされないレベルの貴重なやつだからな」
「それなら良い。転売屋は死ぬべし。転売で買うやつも許さん」
いや、確かに転売は腹立つが、そこまで言わなくても。親でも殺されたのか?
「大袈裟すぎないか?」
「大袈裟ではない。あやつらのせいで、ずっと欲しいアリスの限定写真が手に入らんのだ。値段が3倍だぞ? 許せん」
「お、おう。そうか。それは悪かった」
あまりの気迫に思わず頷く。正直、そんな堂々と言われるとドン引きだ。しかも姉貴の写真集って。身内としてはちょっと気まずい。
姉貴のことまだ話してないけど、これバレたらとんでもないほど詰められそうだ。……絶対黙ってよう。
「転売に手を出していないことは分かったが、それならどうやって入手するんだ? 貴重なものなのだろう?」
「それは……」
どう話せばいいのだろうか。大翔は白雪の大ファンでもある。絶対食いついてくるに違いない。
そういえば前に、もっと俺と白雪は近づくフラグが建ってるとかも言っていたので、俺の話を聞いたら大はしゃぎしそうだ。
どう説明したものか言葉を選んでいると、背後から声をかけられた。
「黒瀬さん」
「っ……白雪」
振り返ると、制服姿に身を包んだ白雪が何やら袋を携えて立っていた。
目を丸くして固まる大翔を横目に、白雪に視線を向ける。
教室で話しかけてくるのは予想外だ。人目を軽く避けて放課後の下駄箱前。あるいは駅で会った時だと思っていた。
「これ、約束のものです。出来るだけ早くとのことでしたので、朝のうちに渡しておきますね」
「え、あ、ああ。ありがとう」
ざわりと教室が沸いた気がした。
意識しないように目の前のプレゼントにだけ目を向ける。だが視界の端でこちらを見る人達が何人も見える。
とりあえず手渡された袋を受け取り、頭を下げた。
誰だよ。出来るだけ早くとか頼んだ奴。とんだ馬鹿野郎め。……って俺じゃないか。
過去の自分に思わず頭を抱える。ずっと探していたやつだし、嬉しさのはずみで出た言葉。そんな特に何も考えず言った言葉のせいでこんなことになるなんて。
貰えたのは嬉しい。待ちに待ったものだ。今すぐ開けて楽しみたいくらい。その気持ちは強い。だけど、これは聞いていないって……。
白雪は「ではまた」と言い残して七海の方に去ってしまう。呑気に尋ねる声がちらっとだけ聞こえた。
(…………とりあえず、これ、堪能しよう)
ため息一つと共に現実逃避を開始する。もう知らん。俺はお礼を貰っただけだし。そう態度に出して素知らぬふりをしようと思ったのだが。
「お、おい。蓮。いつのまにかプレゼントを貰うほど仲良くなっていたのだ」
案の定放っておいてはくれない大翔。身体を寄せて鬼気迫る。
「仲良くなってない。昨日たまたま会って、この前の教室で庇ったお礼ってことで約束したんだ。白雪もシュガー先生のことが好きみたいでな。俺が欲しかったグッズ持ってて譲ってもらうことになったんだよ」
「そ、そういうことであったか……」
とりあえず大翔には納得して貰ったが、周りの勘違いは止まってくれないだろう。一人一人説明するわけにもいかないし。
「分かってくれて良かったよ」
「俺は分かったが、正直クラスの奴らは絶対白雪さんとの仲を疑ってると思うぞ?」
「……やっぱりか?」
「あの白雪さんが誰かにプレゼントとか信じられないからな。かなり仲良いと思われてもおかしくない」
「……どうにかならないか?」
「諦めたまえ。教室で庇ってる姿も見せてるし厳しいだろう。蓮は日頃影薄いから放っておけば収まると思うがな」
「うるせ」
最後にちょろっとディスってくるんじゃない。俺だって影が薄いことは自覚してるが、なにかと最近注目を浴びることが多い。これも全部、白雪と関わったからだ。
絶対今後白雪と関わらないようにしよう。そう決意する。もう何回も決意してるはずなんだけどな……。
俺が想定外の事態に焦っているというのに、大翔はぽうっとぼんやりしてやがる。
「はぁ。間近で見た白雪さんは各段に美しかった……」
「こっちは大変だっていうのに、呑気な奴め」
「これも蓮のおかげだ。これからもっと仲良くなってくれてると嬉しいのだが」
「絶対断る。変な勘違いを収めるためにも当分関わるつもりはない」
「さて、そう上手くいくかね?」
にっ、と挑発するような笑みを浮かべる大翔。その視線は未来が見えているとでも言いたげだ。
冗談じゃない。白雪と仲良くするなんて、死んでもごめんだ。
「それにしても白雪さんが、蓮の好きなシュガー先生を知っているのは意外であるな」
「それは思った。オタク向けのイラストは好きらしいぞ」
「なに! そうなのか? メモしておこう」
すっと手帳を取り出して、ペンを動かしている。その手帳、どこから出てきた?
書き終わると、一瞬のうちに手帳がしまわれる。手品かよ。
「ほんと白雪のこと好きだな」
「あんな美しい人、眺めているだけで眼福であろう? あの方を見守ることこそ、俺の役目」
「好きすぎできもい」
「ふっ、まだ白雪さんへの愛が足りないようだな」
キメ顔なのだろうが、そのクソダサいセリフをまずなんとかして欲しい。
「そういえば、イラスト見るのも好きだけど、描いているとも言ってたな」
「なんだと? 勉強に運動、容姿。それに加えて芸術の方向までやってるとは。素晴らしい」
「今だけだ。次で勉強は勝つ」
「ふっ、でも今のところ全敗なのであろう?」
「それは言うな」
触れていいことと悪いことがある。必ず勝ってドヤ顔すると決めているのだ。現実を突きつけるんじゃない。
目の前の絶望に、僅かに気落ちしそうになる。思わずため息を漏らすと、大翔がぴっと指を立てた。
「ほら、あれだ。勉強以外で勝つのを目指してみるのもいいのではないか?」
「勉強以外だと?」
「例えば、そのイラストとか。意外と蓮は知識は詳しいし、やってみたら上手くなれるかもしれんぞ?」
「た、確かに。白雪は自分の書いたイラスト見せたがらなかったし、そこまで上手くない可能性はある」
普通、上手かったら絶対見せてきてマウントを取ってくるはず。俺なら白雪に絶対そうする。
そう考えると、確かにイラストの上手さなら勝てる可能性はある。まだ挑戦もしていないし、何より描いてみたいとは思っていたところだ。それに白雪に出来て俺に出来ないはずがない。
うん。未来が見えてきた。白雪に超可愛い女の子のイラストを見せて、白雪が自分より上手いイラストに悔しがる姿が見える。これはいい! 完璧すぎる作戦だ。
ただ唯一の問題点は。
「……なぁ、大翔は絵を描けるか?」
「いや、全く。よくツイッタで画像は見るが、それだけだな」
「だよな。蒼は描けたか?」
「いや、蒼は美術で2を取るくらい絵のセンスはなかったぞ」
「まじか……」
効率よく上達するコツは、既に上手な人から教わることだ。
だが俺の周りに絵を描ける人が全くいない。唯一描けると知ってるのは白雪のみ。論外である。
「知り合いに絵を描ける人いないか?」
「さぁ、そういうのは友達の多い蒼に聞くべきであろう? 俺は友達が少ないからな」
「そんな堂々と言うことじゃないと思うぞ?」
誇らしげに胸を張ったところでカッコ良くないです。
呆れてため息を吐くと、会話に一人割り込んできた。蒼である。リュックを背負ったままなので、登校したばっかりなのだろう。
「なにー? 僕がどうかした?」
「蒼か。知り合いに絵を描けるやついないか?」
「絵かー。描けるかは分からないけど、麗奈は美術部に入ってた気がする」
「秋口、か」
蒼から出てきた名前に顔を顰める。つい先日白雪とのことで口論した相手だ。かなり気まずい。
「なに、絵を始めるの?」
「白雪が絵を描いているみたいだからな。負けてられん」
「そっかー。相変わらず負けず嫌いだね」
「別に。白雪には何がなんでも勝つって決めてるだけだ」
蒼は薄く苦笑を零す。なんだ、その反応は。
「それなら麗奈に紹介しようか?」
「絶対断られるだろ。あんなことあったんだぞ?」
「まあまあ。とりあえず聞いてみようよ。白雪さんに勝ちたいんでしょ?」
「それを言われるとな……。分かった。頼んだ」
白雪に勝てるチャンスを潰すわけにはいかない。かなり気まずいが、秋口を紹介してもらうことにした。
蒼が上手く場を持たせてくれるはず。信じてるぞ、蒼!
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