第9話 憧れの絵師様

「そのイラスト……」


 俺のスマホのホーム側をじっと見つめる白雪。宝石のような綺麗な瞳を丸くしている。


「なんだよ。白雪はこういうイラスト嫌いとか言うタイプなのか?」

「いえ、そんなことはないです。可愛いと思いますよ。二次元の女の子は可愛くてロマンがありますから」

「……よく分かってるな」


 意外にも理解があるタイプだったようだ。


 二次元の女の子は良い。姉貴みたいに理不尽じゃないし、性格関係なく見た目だけを楽しむことが出来る。つまり、神。


「……そのイラスト、気に入ってるんですか?」

「そうだよ。俺の推しの絵師が最近公開したイラストだからな。お砂糖シュガーって人なんだが、知ってるか?」

「……一応」

「おおー! まじか!」


 ゆっくり頷いた白雪に、思わずテンションが上がる。


 ツイッタではフォロワーが20万人いるシュガー先生だが、知り合いにこれまで知ってる人はいなかった。……俺の友達が少ないのはほっとけ。


「まさか知ってる人と出会えるとは思ってなかった。てことは、白雪もこういうイラスト、良く見てるのか?」

「そうですね。可愛い子は見ていて癒されますから」

「あー、そういうこと」


 なんとなく察してはいたが、白雪の可愛いもの好きは相当だと思う。犬も然り、二次元の女の子然り。多分七海もその可愛いものの中に含まれてる。


「可愛いもの好きすぎないか?」

「何を好きでも私の自由です。それとも文句でも?」

「いや、なんでもないです」


 相変わらず睨んでくるので怖い。肩すくめて視線を受け流す。


「白雪の可愛いもの好きは分かったが、俺のシュガー先生のイラストへの愛には負けると思うぞ」

「私の可愛いもの好きを舐めないでください。見て楽しむだけじゃありませんから」

「ま、まさか舐めるのか?」

「……馬鹿ですか? ドン引きです」


 絶対零度の視線。こんな白雪は一度も見たことない。そんなに睨むなよ、ちょっとふざけただけのに。


 分かりやすく、白雪は咳払いを入れる。


「見て楽しむだけじゃなくて、描いてもいますからね。可愛い子は自分で作るに限ります」

「まじか。え、イラスト描いてるのか?」

「一応。見せませんけど」


 白雪が絵を描いているなんて、初耳である。容姿、勉強に運動だけで飽き足らず、芸術にまで手を出しているなんて。これはまずい。


 僅かに焦っていると、白雪はまた俺のスマホの画面に視線を向ける。

 

「ホーム画にするってことは、そのイラスト気に入ってるんですか?」

「勿論。シュガー先生のイラストは全部最高だからな。毎日拝んでるくらいだ」

「そんなに……」


 目を一度ぱちくりと瞬かせる。ふん、俺のシュガー先生への愛を舐めるなよ。


「シュガー先生のイラストを見るのが、俺の毎日の生きがいだからな」

「大袈裟すぎませんか?」

「事実だ。シュガー先生のイラストは、可愛く描くためにその凄い拘りようが伝わってくるから、毎日見ても飽きない」

「……どのあたりがこだわっていると思うんですか?」


 控えに尋ねてくる白雪。よくぞ、聞いてくれた。普段中々知ってる人と話せないし、しっかり聞かせてやろう。


「まずは構図だな。必ず女の子、特に顔に注目が集まるように作ってある。このイラストだと日傘と向日葵を周りに置いて、顔以外のパーツをぼやかしてるんだ」

「詳しいですね」

「シュガー先生のイラストが工夫されてることに気付いて色々調べてたら、つい、な」

「……そんなに好きなんですね」


 いつも通りの澄まし顔だが、少しだけ声が弾んでいる。


 名前も知ってるくらいだし、シュガー先生のこと好きで、褒められれば誰だってテンションは上がるか。


「他にもあるぞ。細部へのこだわりも凄い。見ろよ、この服の皺。ちゃんと身体のラインが上手く想像できるように書いてあるだろ。他にもこの髪の影。これで動きと立体感が他の人のイラストより生んでる。どのイラストでもそうだから、計算で描いてるんだぞ、凄いだろ。他にもな……って、悪い」


 ふと現状を思い出して、冷静になった。

 あまりない機会につい語り過ぎた。相手が苦手な白雪だってことも完全に抜け落ちてた。


 スマホの画面から白雪に視線を向けると、白雪は目をぱちぱちとさせて固まっていた。


 黙っていた白雪はゆっくりと口を開く。

 

「……本当に好きなんですね」

「悪いかよ」

「いえ、すごく好きな気持ちは伝わってきました」


 僅かに表情を緩め、呆れたような、それでいてちょっとだけご機嫌そうな声を漏らす。


「シュガー先生のフォロワーが4桁の時からずっと応援してるからな。グッズも集めてるし」

「グッズもですか」

「ファンとして当然だろ。大体のグッズは持ってるぞ。シュガー先生はあまりグッズは販売しないから、そこまでお金はかからないし」

「そう、ですね」

「ただ、一個だけ持ってなくてな……」

「何を持ってないんですか?」

「クリアファイル。一番最初に発売されたやつなんだけどな、流石にあの頃は知らなかったし」


 最初も最初。一番初版で発売されたクリアファイルだけは持っていない。


 発売当初は知らなかったし、販売された数も少ないので今ではプレミアが付いているほどだ。本当に悔やまれる。


「それって、教室の机に座って窓から校庭を眺めてるイラストのものですよね?」

「そう、それ。よく知ってるな。あれだけ持ってないんだよ。はぁ」


 絶対いつかは手に入れたいが、残念ながらフリマにさえ売ってないので、入手は絶望的だ。

 

 話したせいで尚更悲しくなってきた。ついため息が出る。その時、白雪がためらうようにしながら、とんでもないことを口にした。


「……それ、持ってますけど。良かったら差し上げましょうか?」

「……は?」


 一瞬、時が止まった。頭が真っ白になる。白雪の言葉を理解するのに、数秒要した。


「も、持ってるって言ったのか?」

「はい。庇って頂いたお礼ということで、どうでしょう?」

「まじ?」

「はい。良かったら、ですが」


 二度確認してみたが、こくりと白雪は頷く。どうやら俺の幻聴ではないみたいだ。嘘をつく理由もないし、本当に白雪は持っているのだろう。


 え、これ、本気で貰えるやつ? ずっと欲しかったのが? それもタダで?


 正直、庇ったのはただの偶然だったからラッキー。幸運すぎないか、俺。これならこの1週間、気が気でなかった時間も許せるぜ。ひゃっほー!


 嬉しすぎて思わず、ばっと白雪の手を両手で掴んだ。


「ありがとう! ぜひ頼む!」

「ちょ、ちょっと、手! 私の手掴んでます! 勝手に掴まないでください。セクハラで訴えますよ」

「あ、悪い。つい嬉しくて……」


 僅かに声を上擦らせて睨んでくる白雪。正直、嬉しすぎでまったく気にならない。


 いけない。あまりの嬉しさにらしくないことしてしまった。そりゃあ、睨まれるのは当然だが、そのぐらい嬉しかったのだ。


「本当にいいのか? 貴重なものだぞ?」

「はい。いくつか持ってるので」

「まじか。明日ダメとか言われたら泣くぞ?」

「ちゃんとお渡します。お礼も兼ねていますから」

「出来るだけ早く頼む。すぐに見たいからな」

「……分かりました」

「本当にありがとう。じゃあ、買い物行かなくちゃいけないから。また明日な」

「はい、また明日」


 思いがけない幸運にスキップして別れる。


 明日に気を取られていたせいで、後ろで右手を見ながら小さく「……びっくりしました」と呟く白雪の様子に気付かなかった。


 

 

 


 

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