第6話 巻き込まれ事故

「ねぇ、白雪さん。社会人と付き合ってるって本当なの?」


 白雪に問いかける亜麻色の髪の女の子、秋口麗奈。

 大多数の女子と仲が良く、蒼や運動部の男子なんかとも仲の良い。白雪や七海はあまり周りと絡まないので、二人とは別ベクトルで人気者だ。


 少しつり目の瞳とその亜麻色の髪が特徴的で頭も良い。思ったことははっきりと言うためきついところもあるが、お洒落でかなりの美人なので、学校ではかなり有名である。


 秋口の声がはっきりと教室に響き、周りの注目が白雪に集まる。クラスの女子、更衣室から戻った一部の男子、何人かが視線を向ける。


 その視線の間を抜けて、自分の席に着いた。


 白雪は首を動かし、会話していた隣の七海から正面の秋口を見る。七海は急な展開にオロオロと二人の顔を見比べている。


「付き合っていませんが?」

「でも、駅でサラリーマンの男の人と歩いているのを見たって人いるんだけど」

「……それだけで恋愛と結びつけるのは短絡的過ぎでしょう。付き合っていません」


 呆れたようにため息を吐く白雪。わかりやすい吐息音が教室に響く。


「なら、何してたの?」

「何していようと秋口さんには関係ないことです」

「……っ」


 低めの声が白雪の口から漏れる。秋口の表情が僅かに険しくなった。


 二人の険悪な雰囲気を感じたのか、周りからの視線がさらに集まり始める。会話を止める人も出始める。


「みんな気にしているみたいだから確かめにきたの。もしかしたら援交してるとまで言われるし。付き合っていないなら話せるでしょ?」


 きつめの声に空気がぴりつく。刺すような雰囲気に静けさがこだまする。白雪は一度迷うように瞳を揺らし「……それは言えません」と零した。


「ふーん、そんな言えないことなんだ。それなら疑われても仕方ないと思うけど」

「だからしてません」


 僅かに白雪の語気が強くなる。無音に響く白雪の声が怖い。


 女子二人の言い争いはそれだけで注目を浴びる。加えて有名な二人。教室全員の視線を惹きつける。


「あの、秋口さん? 凛ちゃんがこう言ってる訳だし、その人とは付き合っていないと思うよ?」

「七海さん。それなら貴方は白雪さんが大人の男の人と一緒にいた理由知ってるわけ?」

「それは、知らないけど……」

「なら黙ってて」


 知らない以上、それ以上割り込むことは出来ない。七海は眉をへにゃりと下げて、僅かに俯く。


「白雪さん? してないって言われてもね。何してたかを隠してたら、邪推されるのは当然だと思うの。してないなら話しなさいよ」

「だから秋口さんには関係ないことです」


 机の上で作られた白雪の握り拳に力が入る。


「別に詳しく話してと言ってるわけじゃないの。ちゃんとした理由があるなら、説明してくれればみんな納得する。軽くも説明できないの?」

「……話したくありません」


 首を振る白雪を見て、秋口はわざとらしく大きく息を吐いた。一呼吸の間が二人に空く。


「……ねぇ、本当はしてたんじゃないの? だけどそれは認められないから、そうやって曖昧に誤魔化してる。違う?」

「そんなことは……」

「じゃあ、どうして何してたか話せないの? おかしくない? やましいことがあるとしか思えないよね?」


 続け様に放つ言葉は白雪に言い訳の暇を与えない。その勢いに気圧されたのか、白雪は黙って俯いてしまう。


 周りはただ見ているだけ。誰も二人に入ってこようとしてこない。


 ……ああ、まったく。


 今回だけ。そう思って口を開く。その時だった。教室の後ろの扉から声が飛んできた。


「ちょっと、麗奈。何やってるの?」


 声の方を向けば、着替えが終わったのであろう蒼がこっちに歩いてきていた。


 秋口はぴくっと身体を震わせて蒼の方を向く。見上げる白雪の前で二人は向かい合う。


「蒼」

「何やってるの? 事情があるから話せないんでしょ。しつこく聞くのはダメじゃない?」

「やってないならその事情を話せるでしょ」

「誰だって話せないこともあるでしょ?」


 止められたことが不満らしく、麗奈の語気が強い。ただ慣れているようで蒼は真っ直ぐに麗奈を見つめ語り続ける。

 このままいけば、秋口は引き下がるだろう。 


(上手く収まりそうだな)


そう思っていたのだが。


「それに白雪さんはやってないと思うよ?」

「なんでよ」

「本人も言ってるし、なにより蓮がそう言ってたし」

「……蓮?」


 急に上がった名前に訝しむように目を細める秋口。鋭い視線がこちらを射抜く。ひえ、怖すぎ。


「蓮が違うって言うんだから違うんだよ。ね?」

「え?」


 こっちに視線を送り、にっこり微笑む蒼。いや、何を言ってる? そんな微笑まれても心当たりなどあるわけない。

 

「またまた惚けちゃって。あれだけ強く断言してたじゃん」


 ぱちりとわざとらしくウインクが飛んできた。

 あれは、ただ不快な話題を続けたくなかったから変えただけだ。何か理由を知ってるからじゃない。


 そんな「僕は分かってるよ」みたいな顔をされても困る。


「なに、黒瀬くんは白雪さんの事情知ってるわけ?」


 詰め寄りそうなほどの気迫で秋口がこっちを見てくる。アーモンド型の吊り目が怖いし、正直逃げたいです。


(……はぁ、仕方ない)


 内心でため息一つと共に肩をすくめる。


「……伊達に小中高全部一緒じゃないんでな」


 嘘はついてない。俺が白雪とずっと一緒の学校に通っているのは覆しようのない事実。それを述べただけ。そこから相手がどんな誤解をしようと俺の責任ではない。


「じゃあ、教えなさいよ」

「蒼が言う通り誰だって知られたくないことはあるだろ。秋口は人に知られたくないことを話せって言われて話せるのか?」

「それは……」


 ぐっと言葉につまる秋口。不満そうにしながらも反論は来ない。


 丁度良い。こんな面倒な噂が続かないように、ここははっきり言わせてもらおう。


 俺のせっかくの新作イラストを堪能する幸せな時間を潰したんだ。昼休み、さらに蒼と大翔を洗脳して布教するはずだったのに。


 もう二度と邪魔させてたまるものか。


 憤りを込めて真っ直ぐに秋口と視線を交える。「あのさ……」と口を開くとアーモンド型の瞳が一瞬揺れた。


「白雪が男嫌いなのは俺が一番良く知ってる。そんな白雪が援交なんてする訳ないだろ。わざわざ嫌いな相手に関わりに行く奴がどこにいるんだ。本人が言うんだし、付き合ってもいない」


 静かに教室に俺の声が響く。秋口だけではない。他の噂してる奴もよく聞かせなければ。


「白雪はそういうことをする奴じゃない。それは俺がはっきり断言出来る。それに噂は間違ってるし、事情があって白雪は話せないんだから放っておいてやれよ」


 普通に考えれば分かることだ。面白半分で噂して、そんなくだらない事で俺の時間を邪魔するな。


 言いたいことを全部言い切ると、満足そうに蒼が微笑んで、秋口に語りかける。


「ね、ほら、蓮がここまで断言するんだし、問い質すのはやめな?」

「……噂は全部間違ってたってことなのね」


 僅かに目を伏せると、目の前の白雪に向き直る。


「……ごめんなさい。勘違いしていたわ」

「別にこれ以上聞いてこないならかまいません」


 白雪の言葉が小さく教室に響く。秋口が動くと、周りもぽつりぽつりとまた会話が生まれ出した。


「やっぱり噂、間違ってたんだ」

「まあ、分かってはいたけど、安心したー」


 ほんの少しだけそんな会話が聞こえてくる。


 ふう、これでこの面倒臭い噂は収まるだろう。とりあえずの目的は達成出来た。


 今度こそイラストを堪能しよう、そう思っていたところに蒼が笑みを浮かべて近づいて来た。


「ふふふ、やっぱり蓮、白雪さんの事情知ってたんだ? 蓮にしては珍しく随分はっきりと断言してたもんね」

「いや、知らないぞ」

「え?」


 ぽかんと間抜けな顔を晒す蒼。やっぱり勘違いしてたのか。俺のことを巻き込みやがって。

 

「俺は小中高共に一緒ってしか言ってないからな。知ってるとは言ってない」

「うわ、そういうこと?」

「まあ、どう考えても噂は間違ってるのは分かってたからな。勝手に誤解した方が悪い」

「なるほどねー。僕もすっかり誤解してたよ」

「誤解が解けたようで何よりだ。お前、否定してるのにずっと俺と白雪の仲を妙に勘違いしてたからな」

「あはは、ごめんって。でも、そしたらもう一人誤解を解いておいた方がいいかも」


 そう言って手前の方の座席に視線を向ける。


 そこは先ほどまでの事件現場。白雪の席。そこに座る白雪がじっとこちらを見ていた。


(……ひえ)


 蒼に指摘されて気付く。そうだった。よくよく考えてみれば、蒼が誤解していたということは白雪も誤解しているということ。


 俺が白雪の事情を知っていると思われている。


 あれだけ詰められても話さなかった秘密だ。警戒するだろうし、最悪消されかねない。……遺書用意しよ。


 弁明するにも機会はないし、こちらから関わりにいって誤解だと言っても解ける自信がない。


(どうしたらいいんだ、これ……)


笑う蒼の隣で頭を抱えた。


 


 

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