第4話 変わらない

 教室に入ると、ドタバタと慌ただしく大翔が詰め寄ってきた。その後ろからひょこっと蒼も「おはよー」と手を振ってくる。


「聞いたぞ、蓮。昨日俺たちと別れた後、白雪さんと放課後話していたみたいじゃないか。ま、まさか告白されたとかじゃないだろうな?」

「んなわけあるか」


 やはり見られていたようで、うんざりしながら自分の席にリュックを下ろす。


「日曜日に俺が拾ったネックレスの持ち主が、たまたま白雪だったらしくて、それでお礼言われたんだよ」

「そ、それは完全にフラグというものではないかね?」


 大翔が眼鏡をくいっと持ち上げる。


「はぁ?」

「恋愛小説なんかでよくある出会いのパターンだ。そこから二人は互いを意識するようになり、恋人になっていくのだよ。くっ、これが寝取られ……」


 苦いものを噛み締めたような表情を浮かべる大翔。あの、まだ始まってもいないからな? というか大翔も白雪と関わりがないのに、取られるも何もないだろ。


「なんで蓮なんだ。女子に興味ないって言っていたではないか。この裏切りは万死に値する」

「俺だって狙ってやったわけじゃない」


 誰が白雪と恋愛フラグを建てようと思うのか。日頃の仕返しに、とちょっとだけ嫌がらせをしただけなんだよ……。


「ほんとうだろうね? 神に誓ってもう白雪さんとフラグが建たないと言えるかね?」

「あぁ、勿論だ。そうそう今回みたいなこと起きてたまるか」

「なら、許そう。まったく、このまま白雪さんと親しくなるようだったら、寝取りヤリチン野郎って呼ぶところだった」

「おい?」


 真面目な顔で呟く大翔が少し怖い。友人に付ける渾名じゃないだろ。


 流石に冗談だったようで、普段の表情に戻ると「俺にはアリスもいるからいいか」と、軽い感じに呟いていた。お、浮気か? 


 漸く落ち着ち、大きく息を吐く。まったく、騒がしい朝だ。

 見られていた可能性は考慮していたが、大翔の食いつきようは予想外だった。


 リュックから教科書類を出して机にしまっていると、ふと満足そうな顔をしている蒼が視界の端に見えた。


「……なんだよ、その顔は」

「え? 順調だなーって思って」

「なにが順調……って、おい、まさか」

「白雪さんとの仲が深まっているみたいで僕は嬉しいよ」

「今回がたまたまなだけだ」

「えー、でも、この前も普通に話しかけに行ってたし、本当は裏でこっそり付き合ってるんじゃないのー?」

「勘弁してくれ……」


 周りから見ている分には面白いのだろうが、当事者からすればたまったものじゃない。まあ、俺も外野だったら絶対からかって楽しむけどな。


「小中高とずっと一緒の険悪な幼馴染が付き合うなんて、物語みたいでいいと思うけどなぁ」

「ないない」


 否定すれば不満そうに頬を膨らませる。だが、すぐに肩を落としてため息を吐いた。


「はぁ、いいなー。順調で。僕も七海さんと話したいのに」

「蒼から積極的にいけばいいだろ」

「白雪さんがいるのに、絶対無理」


 俺の机に突っ伏す蒼。ほんと、そこだけは女々しいな。まあ、白雪がいるせいで難易度が爆上がりなのは確かだけどさ。


 友人の恋愛は素直に応援したいところだが、有効な方法は思いつかない。どうしたものか悩んでいると、ふと、後ろから肩を叩かれた。


「ねえねえ。蓮くん、ちょっといい?」

「……え?」


 振り返ると、目の前には二人の女の子。七海と白雪だ。


 さっきまで教室前方で話していたはずなのに、いつのまに? 3人で会話に夢中になり過ぎたらしい。


 そっと横目に見ると、蒼はほんのり頬を赤らめて目を丸くしており、大翔は何度も目を拭い確認している。そんなに確認しなくても現実だぞ?


「えっと、どうかしたか?」

「私からもお礼をしたくて。日曜日、凛ちゃんのネックレス拾ってくれてありがとう」

「いや、あれはほんと偶々だから。気にしなくていい」


 まさかここでもお礼を言われるなんて。本当に偶然なんです。信じてください。


「でも、あの日、凛ちゃん本当に困ってたみたいだから。急に連絡きて、どうしようって相談までしてきたんだよ?」

「そうなんだ」

「だから助けてくれてありがとって伝えたくて。あ、凛ちゃんから貰ったお菓子は気に入ってくれた?」

「ああ。あれね。美味しかったよ」

「だって。良かったね。凛ちゃん。昨日緊張してたけど渡した甲斐があったね」

「ちょっと、華。変なことは言わないでください」


 すかさず口を塞ごうとする白雪。七海から出てきた意外な言葉に、思わず白雪を見る。白雪が、緊張? まったく想像がつかない。


「……なんですか?」

「いや、白雪が緊張してたのが意外で……」

「贈り物をするのに慣れてなかっただけです。もう華の話は忘れてください」


 こちらを睨む視線はいつものように怖いが、その声はどこか棘が少ない。よくよく見ると心なしか頰が薄ら色付いているようにも見える。


 照れ隠しだろうか? これまで見たことのない表情は、睨み顔のはずだがほんの少しだけ可愛いく見えた。……気の迷いに違いない。


「あ、あの、七海さん」

「なに、司馬くん」


 気付くと、なにやら蒼が頑張って七海に話しかけている。声は上擦っているし、緊張してるのが丸わかりだ。


「え、えっと、前から七海さんと話したいと思ってて、その、マインで七海さんのこと追加してもいいかな?」

「え、うん、全然いいよー。一杯話そ」


 マインはメッセージでやり取りするアプリでスマホユーザなら大体の人が入れている。


 七海が頷いたことが余程嬉しかったのか、蒼は笑みを浮かべて交換している。ほんと、分かりやすいな。こんな態度じゃバレるぞ?


 そう思っていたら、案の定、白雪は気付いたようで、機敏に動き七海の両肩を掴んだ。


「ほら、華。もう用事は済みましたし戻りましょう。ここにいたら華が汚れてしまいます」

「えー、凛ちゃんはほんと過保護だねー」

 

 のほほんとしたまま笑っている七海。なんだよ、汚れるって。ここは瘴気の谷か?


 七海の肩を引いて白雪は蒼と七海の間に立つと、警戒する視線を蒼に向け、身体を翻した。


「しょうがないなぁ。またねー」


 七海はまったく蒼の好意には気付いてないようで呑気に手を振り、白雪に引きずられていく。本当に純粋というか天然な人だ。


 慌ただしい出来事に呆然と見送り続けた。


(嵐みたいだったな……)


 何度か瞬きを繰り返し、ようやく意識を取り戻す。隣で蒼も意識が戻ったようで、ぎゅっと俺の両手を包み込むように握ってきた。


「ありがとう、蓮! これを予想してネックレスを拾ったんだね?」

「んなわけあるか」

「冗談だよ。でも、本当にありがとう。まさか連絡先交換できるなんて。夢みたいだよ」

「……まあ、良かったな」


 面倒ごとを押し付けたところからどうしてこんなことになったのかはまったく分からない。

 だが蒼が嬉しそうに笑みを綻ばせているので、良かったことにしよう。当初の目的とは全く違うけど。


 妙な偶然が重なったせいでこんなことになってしまったが、本来白雪とはこんなに関わることはない。


 これでネックレスの件はひと段落したはずだし、またいつもの白雪と無縁の日常が戻ってくるだろう。勘違いはこれっきり。そう思っていた。


----この時までは。


 


 

 

 

 

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