第2話 憧れ

 映画を見終わり、ファミレスで友人二人と感想を語り合っていた。


「うむ、期待通りいい映画だった」


 大翔はメロンソーダを一口飲んで、しみじみと呟く。今回は大翔からの誘いだったが、この反応を見る感じ、本人は満足したのだろう。


「それね。話題になってて気になって見てみたけど、見てよかったよ」


 あまりアニメを見ない蒼も気に入ったみたいだ。カランッとコップが空になり「飲み物持ってくるー」と蒼は席を立った。


 大翔はくいっと黒縁の眼鏡を持ち上げる。


「……蓮は意外と白雪さんと仲良いのだろうか?」

「はぁ? 仲良いわけないだろ」


 おそらく集合時のことを思い出しての発言だと思うが、冗談じゃない。目が節穴か?


「前も話したけど、ただずっと同じ小中高なだけだって」

「その割には、気安く話しかけていた気がするのだが」

「それは落とし物を届けるのを頼む目的があったからだ。じゃなかったら話しかけるか。今回だって凄い警戒されたからな?」


 俺と白雪が仲良いと思うのなら、あの時の顔を見せてやりたい。どう考えても友人に向ける顔ではない。


「そうであったか。仲良いなら紹介してもらおうと思ったのだが」

「そんなにいいか?」

「だって全男子の憧れだぞ? 仲良くなれるならなりたいに決まっている。絶対家でも綺麗な格好してるに違いない」


 どこか妄想するように視線を上に向ける大翔。女子と縁がないせいか、どうにも大翔は女子に幻想を抱きがちなところがある。


 家の中まで容姿に気を遣ってる女子なんて本当にいるのだろうか?


「なに話してたの?」


 コップに葡萄ジュースを入れて蒼が戻ってきた。


「白雪さんの話だ。蓮がさっきは話しかけにいっただろ? だから仲良いのか? って」

「なるほどねー。蓮くん、どうなんですかー? 意外と裏では仲を進めていたり?」

「冗談でも勘弁してくれ」


 にやりと口角を上げる蒼に手を振る。

 あんな苦手な奴、好きになるわけがない。そもそもに女子自体が苦手なのだ。とある原因で。


 ありえない想像にうんざりしていると、スマホを弄っていた大翔がスマホを見せてくる。


「あ、見てくれたまえ。上半期のモデル人気一位、アリスになったらしい」

「あ、やっぱりアリスなんだ。今人気だもんね」


 芸名アリス。今人気急上昇中のモデルだ。その美しさと可憐さを併せ持つ類稀な容姿で、昨年芸能界デビューを果たすと、一気にトップモデルまで駆け登った。


 大翔のスマホに表示されているアリスの顔は確かに完璧な笑みだ。


「ほんと綺麗だ。でも完全な美人って感じじゃなくてどこか可愛い雰囲気もあって、絶対実物を見たらもっと凄いんだろうな」

「デビュー前にちらっと見かけたことあるけど、その時からすごい可愛かったみたいだよ」

「ああ、ここ地元だからか。あと一個年上だったら、もしかしたら同じ学校に通う可能性もあったというのに。く、悔しい」


 本当に悔しそうにコップを握りしめる大翔。おいおい、そこまでかよ。というかさっきまで白雪を狙ってたのに、美人なら誰でもいいのか、お前は。


「噂だと性格も良いみたいだよ。傲慢じゃなくてスタッフにも他の出演者にも人当たりよく接して、評判良いみたい」

「みたいだな。天使って言われてるらしい」


 二人は褒めているが、まったく同意する気にはなれない。あんなのが天使? 冗談じゃない。悪魔の方が遥かにふさわしい。


 暫くアリスのことが話題に上り、解散することになった。


 電車に乗り、家の最寄駅で下車して歩く。既に日は沈み、薄暗くなり始めている。


 日中の暑さは遠のき、涼しい風が肌を撫でる中、家路を辿る。


(あいつら、アリスをあんなに褒めるなんて)


 ファミレスで二人が褒めていたこと、妄想していたことは全く当たっていなかった。掠りもしていない。


 なにが天使だ。なにが家では可愛いパジャマを着ているだ。それだけあいつの外面が完璧ということだろう。


 俺は白雪が苦手だが、そもそもに女子自体も苦手だ。その原因はまさしく、そのアリスにある。なぜならアリスは。


「ただいま」

「あ、おかえり。蓮。ちょうど良いし、そこのコンビニまでアイス買ってきて。ダッツのいちごアイス」


 ドアを開けるなり、リビングから顔を覗かせて命令してきた姉こそ、皆が羨むアリス、その人だからだ。


「はぁ? 自分で買いに行けよ」

「外出るのめんどくさいの。ほら、お金は後で渡すからよろしくー」

「お、おい」


 俺の声が虚しく玄関に響く。姉は俺の声などまったく気にせず、リビングに引っ込んでしまった。


 思い切りため息を吐いて、コンビニに足を向ける。


 昔からこうなのだ。傍若無人。俺のことを酷くこき使う。別に嫌がらせとかそういうわけではないが、なにかとパシることが多く、昔は喧嘩して何度も泣かされたこともあった。


 こんな奴が天使とか笑うしかない。堕天してるだろ。


 さっき着ていた部屋着も可愛いパジャマなんかではなく、ダサい中学のジャージだ。

 本当にアリスと同一人物なのか?


 昔から姉の裏表の激しさ、さらには男を手玉に取る腹黒さ、計算高さなどを見せられてきたせいで、女子そのものが苦手になってしまった。まじ、恨む。


 姉に対する文句はいくらでも出てくるが、長年屈服させられてきたせいで、逆らう気は全く起きない。何されるか分からないし。


 舌打ち一つだけして、癒されるためにツイッタを開く。


 今日はずっと推している絵師が新しいイラストを公開する日。昨日からずっと楽しみにしていた。


 お気に入りリストから推しの絵師のアカウント『お砂糖シュガー』を探し出して開く。

 そのトップに公開されたイラストが目に飛び込んできた。


「おお、凄。まじ可愛い。やっぱり神だ」


 可愛らしい女の子の制服姿のイラストなのだが、人物だけでなく、背景、制服の細かい部分まで鮮明に書き込まれていて、一気に視線を奪われる。

 溜まっていたストレスが一気に軽くなった。


 何度も眺めて、脳裏にしっかり焼き付けたところで今日のツイートを遡る。


 意外と日常的なツイートもする人なので、そんな何気ないツイートも確認するのが日課になっていた。


「お?」


 まず飛び込んできたのは、先ほども友人たちの間で話題になったアリスに関する話。


『アリスが上半期人気一位! ほんと嬉しい』


 前々からアリスの話題が出てくることはあった。

 どうやらシュガー先生はアリスのかなりのファンなようで、本性を知る自分としては、どうしても複雑だ。現実のあいつを教えるかさえ迷う。話したところで信じてもらえないだろうが。


 さらにシュガー先生のいくつかのツイートを見ていると、一つ目に止まる。


『今日大事なもの落としたんだけど、見つかって本当に安心した。お礼明日伝えないと』


 どうやら落とし物をしてしまったらしい。見つかったみたいでよかった。呑気にツイートを眺めながら、そう思った。

 

 




 

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