「これ、友達の話なんだけど」と恋愛相談したら彼女が赤面してる件〜あの、本当に友達の話ですよ?〜

午前の緑茶

第1話 意趣返し

「ネックレス?」


 駅の改札を出て、待ち合わせ場所の噴水に向かっている途中、地面にきらりと光るものが目に入った。


 拾い上げてみると、それは真紅の石が中央で輝くネックレスだった。


 拾い上げたネックレスは黄金のチェーンに繋がれ、慣性に従ってゆらゆらと目の前で揺れる。


 誰かの忘れ物だろう。日差しを眩しく反射させるのでつい目を細める。


「……って、まずい。急がないと」


 見惚れそうになっていたネックレスをポケットにしまって慌ててその場から動き出す。


 本当なら駅員さんにでも預けたいところだが、生憎今は時間がない。この後は友達も映画に行く約束がある。


 既に遅刻していて、映画が始まるまで時間がない。帰りに届けるとしよう。


 日曜日で駅前は人混みで溢れている。間を抜けて噴水前に向かうと、友人2人の姿を見つけた。さらに、その目の前にもう1人。


「誰だ?」


 近づくと徐々にシルエットが明らかになる。


 緩やかに風で靡く黒髪。視線を惹きつけてやまない美しい横顔。まるで人形のような精巧な美しさを持つ彼女は俺の学校の同級生だ。


 白雪凛。その美貌から学校ではかなり有名な人物だが、男嫌いとしても有名だ。そして俺が苦手な女子でもある。


 白雪とは小中高となぜかずっと一緒で、今年に至ってはクラスまで一緒だ。だからといって交流はほとんど無いが。


 白雪は頭も良く運動も出来て見た目も良い。まさに天が二物も三物も与えたような人物で、常に俺の目の上のたんこぶだった。


 テストで順位が張り出されれば俺は常に2番でその上には必ず白雪が君臨していた。


 スポーツテストで男子一位を取ったかと思えば、女子一位は白雪で俺よりも点数が良い。


 見た目は言わずもがな。


 とにかく全てに置いて常に負け続け、まさに一番負けたく無い人物。それが俺にとっては白雪だった。


 昔から一度も勝つことが出来ず、それが悔しくて苦手としていたが、一番嫌いになったのは中学生の時。


 たまたまクラスが一緒になり、その時もテストで2番を取った。


 机にちょこんと座り、返されたテスト用紙を眺めている白雪の正面に立って告げた。


「くそー。おい、白雪。今度は絶対負けないからな」

「……誰?」


 あの時のショックはもう一生忘れないだろう。きょとんと首を傾げた姿が今でも鮮明に思い出せる。


 意識していたのは自分だけで、白雪は俺など眼中になかった。今は流石に名前は認識されているが。

 当時自分が白雪の眼中になかったことが分かってから、より一層苦手な存在となった。今では絶対いつか見返してやると心に決めている。


 そんな白雪が、友達の司馬蒼と話している。美男子と美少女。2人の話姿は妙に絵になる。


 白雪は礼をするように頭を下げると離れていった。その後ろ姿を見届けて蒼ともう1人友人、成瀬大翔に話しかける。


「悪い、遅れた」

「もう遅いなー」


 蒼が呆れたようにため息を吐く。


「白雪となに話してたんだ?」

「なんか落とし物をしたらしくて、見てないかって聞かれた。この後駅員さんに聞きに行くらしいよー」

「そうなのか」


 ふと良いことを思いつく。


「……丁度良いな。悪い少し待っててくれ」

「え、ちょっと」


 後ろから呼び戻す声が聞こえたが、放っておいて白雪の背中を追いかける。今ならすぐそこだ。


 白雪が駅員に聞きに行くというなら丁度いい。この落とし物をついでに届けてもらうとしよう。


 出来るだけ早く駅員に渡した方がいいし、一々落とし物を届けるのは面倒臭いと思っていた。面倒ごとを押し付けてやろう。


 普段、負け続けてプライドがぼろぼろにされているのだ。八つ当たりなのは分かっているが、このぐらいの意趣返しなら許されるはず。


「なぁ。お、おい」


 呼びかけるが振り向いてくれない。地面に視線を滑らせてスタスタと歩く白雪を追い続ける。


「ちょっと止まれって。待ってくれ、白雪」


 肩を掴んだところでようやく白雪が足を止め、こちらを向いた。冷め切った視線が鋭く射抜く。


「しつこいと……って、黒瀬さんですか」


 どうやら見知らぬ他人と勘違いしていたようで、僅かに警戒が緩められる。だがすぐにまた目が細くなる。


「昼間からナンパですか? ごめんなさい。まったく興味がないです。付き合う気もないです」

「おい、勝手に振るんじゃない。ナンパなんかするかよ」

「では、なんの用ですか? 急いでるのですが」


 警戒心を瞳に滲ませる姿は、思わず身震いしそうなほどに怖い。そりゃあ、街中で声をかけられたら警戒するのは頷けるが。


「これから駅員に拾得物のこと聞くんだろ?」

「そうですけど、なんで知って……。はっ、まさかストーカー?」

「違うから。さっき蒼から聞いたんだよ。今日遊ぶ約束してたんだ」

「そういうことでしたか。まったく、先にそう言ってください」


 長いまつ毛を伏せて、分かりやすく大きく息を吐く白雪。説明する前に勘違いしたのはそっちな気がするのだが……。


 白雪は顔を上げると警戒は解くことなく、棘の効いた声で呟く。


「それで、追いかけてきてなにを?」

「これだよ」

「え?」


 ポケットからネックレスを取り出し、白雪に押し付ける。


「そこのコンビニ前に落ちてたんだ。この後駅員に聞きに行くんだろ? ついでにこいつもよろしく。じゃあな」


 何か言いかける雰囲気が背後で感じだが、無視してその場を立ち去る。


 もう目的は果たした。あとは白雪がやってくれるだろう。頼まれたことは律儀にこなす奴であることは知っている。上手くやってくれるな違いない。


 可能なら早めに届くほうがいいし、面倒ごとも押し付けられた。それに何より何も気にすることなく、映画に集中できる。


 今日の映画はかなり楽しみなアニメ映画なのだ。


(ふっ、上手くいったぜ)


 計画通り事が運び、内心ほくほく顔で蒼と大翔の元に戻った。


 



 



 

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