その20 根っこは深く、心のなかに

 沈黙を破ったのは、後ろで開いたドアの音だった。

 ネフがびくっと跳ねて、ぐいっと手を握る。震える指をぐっと、握り返す。


「失礼します。ゼノ町長、ルノウ調査官、大まかな解析が終わりましたのでご報告します」


「……ご苦労さま。ちょうど良い、ここで聞かせてもらえるかな」


 入ってきたのは作業服の男の人。ゼノさんの言葉に一つ頷いて、持ってきた紙を読み上げる。


「内部の端末を解析した結果、あの筐体は『断絶システム』というシステムの一部だと言うことが判明しました。ルノウ調査官の報告にあった未知のシステムです」


 断絶――!

 記憶がぱっとフラッシュバック。そうだ、聞き覚えがあると思ったら、ルノウさんがアクセスポートで言っていたのか……!


「いまだ解析中ではありますが、このシステムは非常時にエルベスを含めた、エルベスのシステムが復旧するまで筐体内の時間を遅延させる機能を有するものと思われます」


「……それはつまり、時間操作ができるシステム……ということかい?」


「その通りです。――お気持ちはわかります。報告しておいてなんですが、私も同じですので……」


 ――信じられない。

 言葉に出さずとも、その場にいる全員が思っていただろう。


「……まあ、ここに生ける証人のお二人がいる訳だし、信じるほか無いだろうね。引き続き解析を頼むよ。他に分かったことはあるかい?」


「あとはシステムの起動方法くらいですね……。筐体内部の制御盤にボタンがあり、それを押すことで起動する仕組みのようです」


「最終判断は人間、か。自動ではなく、使用者に決定権があるのは良いね。うむ、報告ありがとう」


「――では、失礼します」


 扉の閉まる音が、ずん、と重く響く。

 起動はボタン。僕が押した。

 判断して押したならともかく、たまたま押した。


「レノン、どうかしたの?」


「……ううん、何でもない」


 ――僕が、断絶システムを起動させた。


 「どうぞ、依頼の報酬です。金額は倍額の六百ペナ、加えて以前エルベスを訪れられた魔女様の資料です。他にもし、何かお手伝いできることがあれば遠慮せず仰ってください」


「いや、倍額なんて貰い過ぎよ。契約した通りの額でいいわ、そうよね?」


 ――僕は、またやってしまった。


「……レノン?」


「……ああ、そうだね。そう思う」


「そうよね!」


「……いや、どうかお受け取りください。街を救っていただいた我々からの、感謝の気持ちなのです。受け取って頂けませんと、我々はお二人にずっと罪悪感を抱いたまま生きていかなくてはいけません」


「……そんな……」


「それに少し品の無い話ですが、エルベスは自給自足が可能な街ですので、通貨への依存率は低いのですよ。お望みなら、倍額どころか十倍額をお支払いすることもできますが、いかがしましょうか」


「じゅっ……! ――わかった、ゼノさんの言う通りにするわ」


「ありがとうございます。ところで、この後のご予定は……」


「名残惜しいけど、すぐ出発するつもり。三ヶ月も遅れちゃったから、急がないといけないの」


 ――そうだ。三ヶ月も広げてしまったのだ。ネフの影を盗んだ、犯人との差を。




 僕のせいで。

 




(突き刺さった街おわり。次章へつづく)

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