その19 針が示すのは

「……まずはお二人に感謝を申し上げたい。あなた方のお陰で、エルベスは危機を脱しました。本当に、ありがとう」


「どういたしまして。良かったわ、ちゃんと直っていて……一時はどうなる事かと思ったけれど、レノンが助けてくれたから」


 ネフがちらりとこっちを見る。


「それに、ルノウさんが居てくれなかったら文字も読めなかったわ。こちらこそ、ありがとう」


「それは……その、ええ」


 ルノウさんがなんだかぎこちない。

 首をかしげるネフ。

 あ、そうだ。


「……そういえば、あの後アクセスポートに戻らなくてすみませんでした。途中に長い滑り台があったので、帰り道にできなくて」


「そうだわ、それであのエレベーターに乗ったのよ。……まさか床を突き破って帰るルートだとは思いもしなかったけれど。――修理費用は、報酬から引いて構わないわ……ごめんなさい」


「いやいや、それは心配いりません。むしろ報酬は倍額をお支払いします、命の危険にお二人を晒してしまうだなんてこちらの契約違反ですから……それでご勘弁頂ければよいのですが……」


「命の危険? ちょっと大げさすぎるわ、苦労はしたけれどそこまでのことはしていないわよ」


「そうですよ、弁償しなくてもよいのでしたらそれで充分ありがたいです。約束の報酬さえ頂ければ僕たちは……」


 慌てる僕らを見て、ゼノさんとルノウさんが顔を見合わせた。

 お互いポカンとした、微妙な空気が流れて。


「お二人にひとつ、お聞きしたいのですが……」


「……ええ、なにかしら?」


「三ヶ月もの間、食料もない制御区画の中で、お二人はどのように生きておられたのです?」


 ……ゼノさんは何を言っているんだ?

 今度は僕たちが顔を見合わせる番だった。

 三ヶ月……とは。


「……三ヶ月って、いったい何のこと?」


「何、ですか……お二人は制御区画に入ってから今まで、どのくらいの時間が経ったと思っておられます?」


「……確か入ったのがお昼前くらいで、プラントラインだったかしら、それを直したのが――」


「正午ぴったりだったはずだよ」


「ありがと。それからちょっと歩いてエレベーターに乗って……一、二時間くらいよね。そうするとだいたい六時間くらいは経ってるのかしら」


 ちょっとずれてるかもしれないけれど、とネフが言いかけたが、ゼノさんがそれを止めた。

 彼はゆっくりと深呼吸をして――――。


「信じられないかもしれませんが、経った時間はおよそ三ヶ月。お二人は三ヶ月間、生死不明となっていたのですよ」


 ――――そう告げた。




 唖然とする僕らに、ルノウさんが説明してくれた。

 修理のリミットであった正午を迎え、モニターで成功を知った瞬間、僕らを待っていたルノウさんは強制的に制御区画から放り出された。そして制御区画は扉を閉ざしてしまったのだという。

 魔女無しに扉を開けることはできず、とはいえ内部には僕たちが取り残されたままであるため、ありとあらゆる手段で扉の破壊は試され続けた。成果の出ないまま時間はどんどん過ぎてゆき、ほぼ僕らの生存は絶望的だと考えられていたが、作業はずっと続いていた。

 そして奇しくも、エルベス全システムのエネルギーが正常値を示した今日。何の脈絡もなく突然、僕らの乗ったエレベーターが床を突き破って出現したという訳だ。


 ……にわかには信じられない。

 だって僕の感覚では……いや、僕たちの感覚では、そこまで長い時間が経っているはずがない。

 少しお腹は空いているけど、三ヶ月の絶食を耐えたような空き具合では絶対ないのだ。


「レノンさん。確か懐中時計をお渡ししたと思うのですが、お持ちでしょうか?」


「……あ、そういえば。ありがとうございました。とても助かりました」


 ずしりと重い、ルノウさんの懐中時計。その針は……やっぱり午後三時くらいを指している。

 僕たちの感覚と同じだ。

 ちらり、と部屋にかかった時計に目を移す。


 午後八時。


 ……ずれたにしては、ずれ過ぎている。

 

「……嘘」


 ネフが口元を押さえて、小さく呟いた。

 




(その20へつづく)

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