その12 邂逅

 ときおり振り返りながら、ネフは木々のすれすれを飛ぶ。

 ヒヨコに追いつかれそうで追いつかれない、付かず離れずの距離を保つ。

 作戦ポイントまではあと少し。

 ほんとなら数分もかからずに着くのに! なんてもどかしさを感じつつ、すこし速度を控えめに。

 レノンの発炎筒は相変わらず赤い炎を吐き出していて、持ってるほうもちかちか眩しいのだけれど、おかげでヒヨコはちゃんとついてきている。

 さっきの合図、ちゃんとわかっているわよね。

 ネフはぎゅ、とイシンデン針を握りしめた。




 

 翼が折れた風つかみは、あの時墜落した場所に、そのままの状態で再び置かれていた。

 知性が高いヒヨコのための、人間に対するものとなんら変わらない囮。

 ヒヨコから見れば、僕は逃げ遅れた獲物に見えるはずだ。もし騙せなかったら……。

 ――――そうならないことを祈ろう。

 もしもの時のために、信号弾を持ってきた。

 武器ではないけど、飛び道具ではあるからね。

 右手のそば、スロットルの上に置いておく。

 顔をあげたら、風防につん、と赤い筋が現れた。

 来た……!


「――頼むよ、コノハ」


 「がんばる! ……でも、もしうまくいかなかったらすぐ逃げてね」


「うまくいくよ。大丈夫」


 不安げなコノハに、というより自分自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 星のように小さかった発炎筒の光は、みるみるうちに眩しさを増していく。

 ちらちら、炎の揺らぎまで見えてきたと思った刹那、その赤色は弧を描いて落ちてきた。

 僕と風つかみの頭の上を、ネフの箒が飛び去って。

 地面に落ちた発炎筒がぼす、と音を立てて。

 

 ……そして、不気味なほど音を立てずに葉が揺れた。


 ぼろ布を思わせる表皮からのぞく、赤く照らされた二つの瞳。

 発炎筒は相も変わらず燃え盛っていたけど、ヒヨコは興味を失ったらしい。

 その瞳は僕を見ていた。

 シートベルト拘束具をしっかり締めて、動かない機体に留まる僕。

 それはすなわち無防備な獲物。


「また会ったね。……くたばれ」 


 獲物から侮蔑の感情を向けられて、ヒヨコの目が鋭くなる。


 ──やはり頭が良い。そして怒りっぽい。


 音もなく、裂けた翼がぴん、と張った。

 僕のまわりにあった空気が、その元へと一気に流れる。

 そして勢いよく、押し出された。

 ヒヨコは、その場から動いたようには見えない。

 しかし微かな風が、空気の流れが、とんでもない速さで近づく存在を教えてくれる。

 動こうとする衝動を押さえつけ、留まる。

 ぶわり、鳥肌が立つ。

 それからちりっ、と痛みが走って──。





(その13へつづく)

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