その13 絶体絶命
「
眼前がばちんと弾けた。
幾条もの電撃が空間を分断、風つかみの鼻先ぎりぎりに突き刺さった。
「ギャッ!」
ヒヨコが弾けるように跳びずさる。
瞬く間に、その背後にも光が走る。
ヒヨコの行く先を、光の格子が塞いでいく。
箒に跨がり、檻を生み出すそのシルエットは――。
「すごい、最高だよネフ!!!」
思わず賞賛の叫びをあげるくらい、強く、頼もしかった。ネフは杖を振り下ろし、光を操り、逃げる隙を塗り潰す。
魔法という圧倒的な力。そしてそれを使いこなす、自分と同い年くらいの女の子。
僕は今まで生きてきた中で最も、魔女の凄さを身に沁みて感じていた。
しかも、ここにいる魔女はネフだけではない。
「
コノハの呪文に呼応して、幹がゆっくりと動き出す。
絡み合い、唸りながら、伸びていく先にはヒヨコの首。
ネフの檻の中、ヒヨコが激しく暴れ出した。
「ぐ! おりゃっ!」
ネフの杖先がどくんと跳ねて、ひときわ太い光条が走る。
細くなりかけていた格子がそれを受け、元の太さを取り戻した。
破られそうになりながらも、光の檻はかろうじてヒヨコを閉じ込め時間を稼ぐ。
その時間を消費して、コノハの操る幹がヒヨコに迫る。
その首を物理で押し潰すために。
そのことを理解しているのか、ヒヨコは真横に迫った幹を見て、それから上を見上げた。
飛べるはずもない檻の中で、翼を広げた。
……身体中の毛が逆立つ。
「ネフ! こいつ、何か企んでる!」
すぅ、と風がヒヨコへ流れた。
レノンの声は、ネフまで届いた。
しかし、消えかけた檻を修復し、補強し、維持し続ける魔女の脳に、小さな声を認識する余裕は全く無かった。
指先から伝わる崩れた平衡を感じとり、魔力を送り込んで整え、それからさらに魔力を重ねる。
並みの魔女なら数秒と持たない繊細で正確な光魔法を、ネフは数分間続けていた。
彼女には才能があった。
しかしそれが、ネフの視野を狭めていた。
眼下で翼が振り下ろされたことに、ネフは全く気づかなかった。
「――きゃっ!?」
翼が溜め込んだ空気は一塊となり、下方から魔女を襲った。
箒を吹き飛ばすほどの威力の風を、ネフの飛行マントが受け止める。
飛行時の空気抵抗を受け流すこの魔法具は、無効果にするまでにはいかずとも、風の威力のほとんどを打ち消した。
ネフの箒は吹き飛ばず、少し上へ跳ね上がる。
悲鳴をあげつつも、傾いた姿勢を即座に直し、ネフは杖を握りしめる。
繰り出そうとした光が、少しだけ、滞った。
ヒヨコが再び、格子へ突っ込む。
その鼻先の光条は、細いまま、それを受け止めた。
ネフはまったく心配無かった。
少し揺れたように見えたがそれだけで、あんなに強い風をくらっても何ともないみたいだ。
魔女、やっぱりすごい。またしても、そんな感想が湧き出た、その時。
目の端で弾け続けていた光が、ろうそくの火を吹き消したみたいに、静かに消えた。
見上げていた目線を戻す。そして、息が止まる。
――数センチ先から伸びる、ヒヨコの視線が突き刺さっていた。
互いを隔てていたはずの檻は破られ、憎悪のこもった瞳が真っ直ぐに僕を射抜く。
溢れ出す殺意が口を開いた。
口腔内にびっしりと、針山のごとき牙が光った。
――失敗した? 逃げるか……無理か。
時間も距離も足りない。
心を諦めが生まれる。それは瞬く間に身体中へ拡がり、恐怖をおぼろげなものへと変え、生存本能を鈍らせてゆく。
緊張が抜けていき、強ばった手の感覚が戻り始めた。無意識のうちに、スロットルレバーを強く握っていたことに気づく。
そして指先に当たる、
――――っ!
つん、と透き通ったなにかが脊髄を通り抜けた。
ほとんど無意識に手が伸びる。
転瞬、ヒヨコが纏う空気が動く。
迫り来る敵意の根元に向け、腕を突っ込む。
そして生温い感覚の中で、少し、力を込めた。
(その14へつづく)
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